yukemuriのブログ

コント(ショート・ショート)と教育の基本に力を入れています。いろはカルタ随想と江戸川柳色は匂へは推敲とまとめへ。「江戸を見れば」今が分るは1年を1ページにまとめ265年分に挑戦しています。

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはかるた噺考 9  「り」

【綸言汗の如し】(上方)


 綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)とは、皇帝が一旦発した言葉(綸言)は取り消したり訂正することができないという中国歴史上の格言。


 「綸言」の出典は孔子の『礼記』緇衣篇である。
 原文では「王言如絲,其出如綸;王言如綸,其出如綍」「王の言は、糸(し)の如く、その出(いず)るや、綸(りん)の如し。王の言は、綸の如く、その出るや綍(ふつ)の如し。


 参考 糸=細糸 綸=組紐 綍=大綱 同じ紐でも次第に太くなっていく、君主や権力者の言葉も下に伝わっていくにしたがって強く重く太くなっていく様を「綸言」に例えた。
 「号令は、汗の出て返らざるものの如くなり」(漢書劉向伝かんじょりゅうこうでん)


 日本の文献では平家物語と太平記に次のように記されている。


『平家物語』の『頼豪(らいごう)』に、三井寺の僧、頼豪が白河天皇を評して、「てんしには たはぶれの ことば なし。りんげん あせのごとしとこそ うけたまはつて さふらへ。」(天子には戯れの言葉は無い。「綸言汗の如し」というではないか。)と言ったと書かれている。
『太平記』巻第十四・『将軍御進発大渡・山崎等合戦事』には「かく計たらさせ給ふ綸言の汗の如くになどなかるらん去程に正月七日に、義貞内裏より退出して軍勢の手分あり。」との記述がある。


 現代には通用しない格言である。今言ったことを5分も経たずに取り消すトップの多いことよ。



【律義者の子沢山】(江戸)


 律儀者とは義理堅くまじめな人で家庭生活も立派に守り夫婦睦まじく実直に生きていく人。
 少子化の現代は「律義者」がいなくなったということの結果であろうか。
 それとも「義理堅い人」が増えたせいか。まさか。


 「綸言汗の如し」も「律義者の子沢山」もいろはカルタから消えて行く代表の格言であろう。
 まあ、しかたがないか。


×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。