yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはかるた噺考 8  「ち」

【地獄の沙汰も金次第】


 落ち行く先が極楽であろうと地獄であろうと信じていない現代。そのような仏教の説は消滅した。


今は「生き地獄の沙汰も金次第」になってきた。


地獄の大王様が閻魔様ならば、生き地獄の大王様は誰でしょう。


 「金次第」でどうにでも決定できる人がさしずめ生き地獄の大王様でしょう。
「試験の沙汰も金次第」「裁判の沙汰も金次第」「政治の沙汰も金次第」などと勝手に思いを巡らしていくと生き地獄には閻魔様が無数に存在する。


 命の沙汰だけはどうにもならなかったが、今は「命の沙汰も金次第」で、少しだけ寿命を延ばすことができるようになっていきそうだ。庶民には手の届かない薬代がいるようだが。


【塵も積もって山となる】


「ゴミがたまるように金がたまったら、それもまた困るよなあ。」と、婆様が言っていた。金の処理がさぞかし大変だろうと、捨てるわけにもいかずどうしたものかと思案したのだろう。
「ゴミがたまる以上に金をためている人はどうしているのだろう。」かと、婆様の言葉を思い出す。
 コツコツと鍛えて筋肉をつけ、知識を詰め込んでいくのはその通りだと思うが、「塵が積もっても山とはならない。」山が風化して岩や砂や塵に変化していく、さざれ石の巖とはならないだろう。


 古今集、巻頭の紀貫之による序文「仮名序」の中に・・・
「遠き所も、いでたつ足下より始まりて年月をわたり、高き山も、麓の塵泥(ちりひぢ)よりなりて天雲たなびくまで生ひ上れるごとくに、この歌もかくのごとくなるべし。」
 「高き山も、麓の塵泥(ちりひぢ)よりなりて」の一文で江戸時代のいろはカルタに定着したようである。


 積んでよいのは、「体験の知恵」である。積めば積むほど役に立つ。







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