yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 139  自力と他力は裏表

 神や仏に手を合わせて祈る生活がなかった私に対して、妻の一家は信仰習慣の強い環境であった。
 特に義母の信仰心は明るくてユーモアさえ感じさせるユニークな信仰態度であった。
 そんな影響のもと、妻の信仰態度は自然と身ついた生活であった。妻は父の几帳面さを確りと受け止めて義母のゆとりあるユーモアさえ感じさせる信仰態度ではなく、まじめな几帳面な信仰態度である。


 そんな妻と50年以上暮らしていると私もいつの間にか神仏に手を合わせる習慣が身についた。
 私は柏手を打ち手を合わせながら「今日も一日、頑張ります。」と自分の意志表示をする。
 妻は、一人一人家族の名前を言いながら、「何事も起こらないで今日一日無事に過ごさせてください。」と神に祈る。


 私は自分の意志を前面に出し自力の生き方を宣言する。しかし、宣言しながら、今日一日頑張る力を与えてくださいと願っている。


 妻は「無事に過ごさせてください。」と、頼みながら、そのあと「さて、今日も一日頑張るか。」と、つぶやいている。


 結局は、自力を前面に出しながら、その自力は他力の支えを願い、他力を前面に出していてもその他力を自力で乗り越えようとしている。
 自力や他力と言っても自力が表に出たときは裏で他力が支え、他力が表に出たときには裏で自力がそれを支える。


 自力本願、他力本願はコインの裏表で表裏一体となって人の生き方を支えている。
 ただどちらが表に出るかの違いだけである。


 これからも、自力本願を表に出して生きていこう。妻の他力本願的生き方も裏を見れば自力本願の生き方である。


 自力、他力を区別することなく一つの生き方の裏表と理解して生活していくことにしよう。

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