yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 114  一強独裁政治の始まり

 1716年正徳6年丙申(ひのえさる) 将軍徳川家継は4月30日に8歳で没した。 5月1日には吉宗が跡を継いだ。


 5月16日には、間部詮房(側用人)と新井君美(白石)が解任され、これまでの側用人重視の体制から、老中を6名起用する集団指導体制の形をとる。
しかし、実態はこれまでの諸改革を否定し吉宗の独裁による享保の改革が政治動向の中心となる。


 それは家康の政治姿勢を理想とする初代返りの今の時代背景を無視した反動政治へと向かっていった。


 現代の安倍政権がこれに似た政治姿勢のようである。


 憲法改正、教育や働き方の見直しと現代の時代の流れを止めるような、逆行するような反動政治のような気がする。今の安倍政権、即ち自民党の政治姿勢がかつて過ちを犯したように忘れたころにまた大きな過ちへと国民を引っ張って行くのではないかと危惧する。


 半面、吉宗も現ナマを大いにばらまいて人気取りをした。


 奉行就任の旗本らに赴任費として恩貸した。長崎への赴任者には金5000両、日光への赴任者には300両と江戸からの距離や重要性を勘案して赴任費を支給している。


 一方、町入用節約令を出してきめの細かい禁止・節約を実行した。


 宅地売買の礼金の軽減と供応の禁止。分一金(ぶいちきん)=海難救助の報酬は100両に2両まで。間口と代金は町役によらず、町名主に銀二枚、五人組に金一分ずつ、家持一人に鰹節一連。家主への礼金廃止。町名主の町民からの合力(こうりょく)禁止など。合力=助勢。金品を貸し与えること。


 武士(官僚)に甘く、町民(国民)に厳しい政治姿勢を見ることができる。

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