yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 111  役人の不正が横行

 1713年正徳3年癸巳(みずのとみ) 勘定奉行荻原重秀の失脚後10月14日に将軍家宣が没した。
 家宣は、風邪をひき10月14日死亡、51歳。家宣の遺体は20日に増上寺に移され、11月2日葬儀が行なわれた。


 5歳の家継が第7代将軍の座についた。家継は短命で1716年に7歳で亡くなられた。


 将軍の短命と天災・人災が連続して生活不安も増大した。そのような状況の中、日本全国で代官配下による不正が横行した。


 側用人間部詮房(まなべあきふさ)は、事務的能力には優れていたが政策能力や政治的手腕に欠けていたために新井君美(きみよし・白石)が改革の提言や実行に取り組んでいた。


 中でも年貢の額を決定する役人の不正は目に余るものがあった。


 検見法(けみほう・毛見法)といって、米の収穫前に幕府・藩庁から役人を派遣して、毛(け、稲穂のこと)の実り具合を検査してその年の年貢の額を決めた。


 年貢、税金の決定にあたっての改竄、隠ぺいによる政府役人の不正が全国に及んだため、幕府は過去数年間の収穫量を平均して一定の年貢額を決める定免(じょうめん)法に切り替えることを検討し、1727年、享保12年より実施されることになった。


 新しい改革一つのために14年ほどの年月がかかった。改革は遅々として進まないのに庶民の生活の変化は大きくかわっていく。政治が追いつかない。一部の人のための政治が続いていく。



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 遊行ライフ十人十色

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