yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 123  うそつきはどろぼうのはじまり

 祖母が言っていた.「うそつきはどろぼうのはじまり。平気でうそをつくようになると、不正や悪事も平気でやるようになる。」
祖父は「嘘も方便ということもある。人をたすける嘘もある。」と。


 このとしになって祖父母の言葉の意味がよく分かるようになった。


 「うそつきはどろぼうのはじまり。」より「どろぼうはうそつきのはじまり。」の方がよいような気がしてならない。


人は不正や悪事を働いた後に嘘をつき始めるような気がする。


 泥棒・不正・不倫・賄賂・改竄など法律や道徳に反する行為をしたときに人は嘘をつくようになる。そうでなければ嘘をつく必要がない。


「嘘も方便」はどの辺まで良い嘘として認められるのであろうか。
 命の危機に面した時、とっさに命を救う嘘や国民の幸福をこの嘘で達成できるような嘘はどうなのか。それまで否定しなくてもという気がする。


 今、国政を揺るがす嘘のオンパレードは、「うそはどろぼうのはじまり。」なのか「どろぼうはうそのはじまり。」なのか「嘘も方便」なのか。


 私はどうも法律や道徳に背いた「どろぼうはうそのはじまり。」にあたるような気がする。


 もし政治家が「嘘も方便」と考えて嘘をつきまくっているとしたら日本の国は救われない。まさか今の嘘のオンパレードを正当化してはいないだろうな。


 もっと大切な政治的課題があるという政治家もいるが、一事が万事でこれを正さなければ、すべてが嘘で塗り固められていると国民は思う。


 怖いことである。   国家崩壊の一歩になりうる。

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