yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 108  時代の節目には新人が登場するものだ

 1710年宝永7年庚寅(かのえとら) 生類憐みの綱吉将軍が没し、大老柳沢吉保が隠居して、新しい時代には新しい人が現れるものだ。


 側用人間部詮房(まなべあきふさ)は事務的能力にたけていて、政治に対する建議は新井君美(きみよし・白石)によっていた。
 武家諸法度や諸士法度の理念は新井白石の儒学思想や儀礼主義が基本となっている。


 しばらくは、新井白石から目が離せない。


 一介の無役の旗本であった新井白石が六代将軍徳川家宣(いえのぶ)の侍講として側用人の間部詮房とともに幕政を実質的に主導し正徳の治と呼ばれる一時代をもたらす一翼を担った。


 新井白石の生い立ちやそれからの修業時代を眺めてみたい。


 1月 御家人への給付の米や金は、今年は切米だけとする。また、近火で風下のとき、出仕予定者は自宅待機させる。


 8月 京の桂姫(かつらひめ・かつらめ)に生活困窮を訴えるために金50枚下賜する。


 桂姫(桂女ともいう)=山城紀伊郡上鳥羽村の旧家の主婦。桂屋敷として除地になっていた。
 代々安産の守り札を将軍家へ献上していて、将軍家も保護していた。腹帯なども献上し女系相続で禁裏、親王家、摂家、将軍家にも出入りしていた。
 除地(のぞきち・よけち)=租税を免除された土地。

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