yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 103  伊勢お陰参り大流行

 1705年宝永2年乙酉(きのととり) 幕府は1月に禁裏御料に1万石を増献して、3万石とした。


 参考=禁裏御料(きんりごりょう)は皇室の所有地の総称。禁裏とはみだりにその中に入るのを禁ずる意味で、宮中、皇室、御所、禁中のこと。


 これは将軍綱吉の皇室尊崇の表れで、文治主義の反映である。


 7月には柳沢吉保の引退にあたっての三事(城中出入時の門番らの下座と在所諸大名からの呈書と贈り物の廃止)を決める。


 お伊勢参りに多くの人が参加できる経済状態となる一方、贅を尽くした大坂の富商淀屋三郎衛門(辰五郎)闕所(けっしょ)となる。


 参考=闕所とは、庶民に対する死罪・遠島・追放の付加刑として、田畑・家屋敷・家財の没収のこと。


 江戸時代初期の大坂の代表的豪商。正しくは淀屋五代目三郎右衛門。糸割符 (いとわっぷ) 権,蔵米販売権その他の特権をもっており,その店頭には米市が立った。
 豪奢な生活をし,ガラス天井をつくって金魚を放ち涼を楽しんだという。宝永2 (1705) 年その驕奢な生活が町人の分限をこえたものとして闕所 (けっしょ) ,所払 (ところばらい) に処せられた。


 現代の金額に換算しておよそ100兆円にも上る財産であったといわれる。江戸の商人が経済的に武士を抑えて優位に立っていく流れの中で、幕府の政策の一つとして豪商を潰していく一つの足掛かりとなる。



http://www.ctb.ne.jp/~bonta108  遊行ライフ十人十色の人生


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