yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 106  忖度と日本語の文末決定性

 日本語の文末決定性に国民性が強く影響されているような気がする。


 最後の最後まで「ハイ」か「イイエ」か分からない構造がついつい上司の顔色を見ながら決定する瞬間に「忖度」の力が働くようである。


 「この問題に関して、大臣が責任を取って辞任する必要が・・・。」
 「ある」のか「ない」のか最後の2字まで結論は分からない。


 最初に明確に結論を述べる習慣を学校教育の中で育てなければならない。


 先ず、結論を堂々と言おう。
「大臣は責任を取って辞任するべきだ。」
「大臣は責任を取って辞任する必要はない。」


 結論の後に簡潔にその理由を述べればよい。


 頭のよい人ほど、役柄が上に行くほど「結論」を言わない。意味不明な言い回しをして「コメントをさしひかえる。」という言葉で結論にする。


 これからの学校教育、特に国語科の指導では、結論や自分の意志を最初に述べる習慣をつけていかなけれ、日本人の「忖度」癖は日本人の伝統文化になって(もう既になっている)外国人から信用されない民族になっていくだろう。


 「忖度」は日本の伝統文化である。


 「忖度」をした方がよい場面と「忖度」をしてはいけない場面がある。
 「忖度」が不正につながることはあってはならない「忖度」である。



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 遊行ライフ十人十色の人生

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