yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば90  芭蕉49歳  行く春や

 1692年元禄5年壬申(みずのえさる) 5月中旬、新築なった芭蕉庵に移り住む。「奥の細道」の推敲が順調にすすむ。


行春や鳥啼(な)き魚の目は泪(なみだ)
 (行く春の愁い。人間だけではなく、天地間の万物が泣き、涙を流すようである。)


両の手に桃とさくらや草の餅
 (私の庵の庭には桃も桜もある。門人には其角と嵐雪がいる。好物である草餅を食べ 
  る。これ以上の幸せがあろうか。)


田一枚植て立去る柳かな
 (西行の歌を思い出し感慨にふけっているといつの間にか一枚の田を植え終わっていた。清水ながるる柳陰を立ち去るのであった。)


五月雨(さみだれ)の降(ふり)のこしてや光堂
 (毎年降り続く五月雨の中、腐朽もせずに昔の華麗さをとどめている。さすがにこの光
  堂だけは降り残したのであろうか。)


一家(ひとついへ)に遊女もねたり萩と月
 (偶然、遊女と同じ屋根の下に泊まることになった。隠遁している男と花のような遊女
  と。空に澄む月とこの庭の萩との取り合わせのようなものであるが、少しばかり妙味
  があるよ。)


 「遊女も」が「遊女と」であったら、芭蕉の人生も歴史も考え直さなければなるまい。「も」は何となく物足りないが、「と」でなかったことにほっとしているところはある。


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