yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば72  芭蕉31歳 俳諧師として自立

 1674年延宝2年甲寅(きのえとら)3月17日に京都の季吟より連俳秘書「埋木(うもれぎ)」の伝授を受けて、これより俳諧師として立つ。連俳秘書は俳諧師として立つ上の卒業免状のようなもの。


季吟先生は、「枕草子曙抄」を完成させる。

この年に榎本其角(14歳)が芭蕉に入門する。


 2月に幕府は焼失した内裏の再建を伏見奉行を総奉行とし岡山藩に助役させた。竣工(落成)は翌年11月。


 天皇家や公家は元和元年(1615年)の「禁中並公家諸法度」によって日常の生活や行動が直接に規制され、経済的には幕府に依存しなければならないものとなっていた。


 災害は連年に全国的に見まい、飢饉は慢性化していた。加えて今年の被害は甚大であった。


 芭蕉の俳句のなかで一番好きな句。


 山路来て何やらゆかしすみれ草   芭蕉

 この句に行きついた経過とこの句が後の俳人に与えた影響を調べるのが楽しみである。


 この句の影響、蕪村と虚子へ。


 夏河を超すうれしさよ手に草履   蕪 村

 湯煙の消えてほのかや合歓の花   高濱虚子