yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば67 芭蕉26歳  公共事業に諸大名は費用負担

 1669年寛文9年己酉(つちのととり)2月に幕府は淀川の浚渫(しゅんせつ)川底浚い(さらい)に大名に費用負担をさせる。諸大名に費用を負担させることが幕府の基本政策の一つであった。


 芭蕉も一時期、浚渫(川浚い)の公共事業を請け負っていた記録がある。おそらく藤堂家の口利きであったと考えられる。いくつの時かもう少し詳しく調べてみたい。


 芭蕉26歳の句が日本古典文学全集にのっていないので、寛文年間の作句から取り上げる。


命こそ芋種(いもだね)よ又今日(けふ)の月   宗 房

 参考 「命あっての物種、畑あっての芋種」という諺を八月十五夜を芋名月という縁によって一句をなす。西行の「年たけてまたこゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山」もヒントになったのかも。


 命こそ物種というが、またこうして芋名月を鑑賞できるのも生きていたおかげである。  季語は「今日の月」で秋。


 古典や諺をヒントにして作句する態度は伝統俳句の古風を受けている。いつごろから伝統的な表現にとらわれず新しい視点から日常の中に詩情を発見し日常の言葉で表現するようになるのであろうか。
 日本古典文学全集の芭蕉の494句を年代順、年齢順にどのような変化が表れてきたのかを調べていくのが楽しみである。


 一つの変化として、「古池や蛙飛びこむ水のをと」1686年(貞亮3年)丙寅(ひのえとら)43歳の句を頭において追っていくことにする。