yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 66 芭蕉25歳  隠(かくし)売女を取り締まる

 1668年寛文8年戊申(つちのえさる) 隠売女を取り締まり捕らえられたものは刑罰として吉原に送られた。抱女郎は散茶(さんちゃ)と呼ばれた。散茶はひき茶に由来し煎茶のように振り出すこともなく、吉原在来の遊女のような意気もなく客を振らないという意味である。


 左様せいの家綱将軍のもと、補佐の保科正之(家康の孫)と大老の酒井忠清、老並の松平信綱が時の権力者として藩政を取り仕切っていた。


 芭蕉25歳の1句 (日本古典文学全集 松尾芭蕉集より)


波の花と雪もや水にかえり花   宗 房


 参考、波の花は白波を花にたとえていう語。雪の美称を「雪の花」という。「雪」に「行き」を掛け、後の「かえり」に対応する。かえり花は春・夏に一度咲いた花が小春のころに再び咲くのをいう。


溶けて波の花になる雪の花が白波に降り込んでいる。雪の花は冬の花。水のかえり花といってもよかろう。それにしてもゆきの花をかえり花とは面白いことだ。   季語は「雪」で冬。


 嵐山集に「雪花もきのねにかへる雫哉」という1句があるのでこの句がヒントになる。


 松永貞徳を祖とする排風の伝統の古風な作句である。やがて西山宗因を中心にした軽妙な口語を使用した滑稽な着想の俳諧(談林派)が流行するが、やがて芭蕉によって隆盛していく蕉風俳諧に移っていく。

 いつのころから、芭蕉の俳句が蕉風(正風)と呼ばれる境地に達していくのかを歳を追って変化の兆しを確かめたい。