yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 62 芭蕉21歳  幕政運営の効率化が始まる

 1664年寛文4年甲辰(きのえたつ)政務の案件を連署していたのを小事の案件については月番老中で処理できるように処置する。公家、門跡、一門、参勤交代などの案件は4,5名の老中で構成される最高機関の全員で連署すること。


 姥桜(うばざくら)さくや老後の思い出(いで)   宗 房


 見事に咲いた姥桜よ。老後の名誉に一花さかせようというのか。季語は「姥桜」で春。


 姥桜はひがん桜の一種で山桜とちがい落下するまで葉が芽吹かないので「歯なし」と言いかけて姥の名を冠する。


 謡曲「実盛」の本歌取りの句。
 貞門俳諧の大きな特徴は、古典を読むことを初心者向けの俳諧入門の基本とした。松永貞徳は上流社会の遊び事である俳諧を上品な笑いの文芸にまで高めようと試みた。
 蝉吟の宗匠である季吟は膨大な古典の注釈書を俳諧の入門書として残した。万葉集にはじまり源氏物語、枕草子、徒然草、八代集など。当時、俳諧は古典文学の知識が必要だということが常識であった。


 寺子屋で謡曲をはじめかなりの古典が教材として使用されていたので芭蕉も基礎的な学習はできていたと考えられるが、源氏物語をはじめ古典の書物を手にすることは難しいことであった。
 芭蕉は13歳ころから藤堂家に武家奉公に出て、藤堂家の嗣子の蝉吟のもとで蝉吟が手にする古典を同じように手にすることができたことが芭蕉の俳諧の基本を形成したと考えられる。