yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 54  貧富の格差が広がる

 1656年明暦2年丙申(ひのえさる)消費生活の向上に伴い貧富の格差が著しくなってきたのがこの時代である。
 手を変え品を変えて、禁止令を出したり、5人組を組織したりして取り締まりを厳しくしても幕府の思うようにはいかなくなった。


 2月には、手拭で頬被りしたり、覆面をしたりすることをまず禁止。これは盗賊の横行に対する処置、美麗な服装や派手な生活の風潮を禁止。かぶき者や太い緒のかぶりものを逮捕する。


 鶺鴒組(せきれいぐみ)=旗本奴の一集団。町奴とならんで旗本・御家人の二、三男が無頼化して、かぶき者とか六方といわれて、組をつくって市中を横行した。
 旗本奴=旗本の不平の徒で男伊達の行いをしたもの。
 町奴=市中の侠客。旗本奴に対して、浪人や口入れ人などの町人がなった。おとこだて。下町奴。
 かぶき者=異様な風体をして大道を横行する者。軽佻浮薄な遊侠の徒や伊達もの。
 六方=六法とも書く。六法組の略。侠客、旗本奴、町奴を指す。


 12月には、江戸長崎町の吉原遊里を浅草山谷村に移転させ、新吉原となる。
 移転の理由は、元吉原の周囲が急速な都市的発展により町家の中に囲まれたため。住宅街の真ん中に遊里があるのは問題があるのは今も昔も変わりのないことである。
 遊里のお得意さんは武士層が多かったということである。


 戦後の愚連隊にせよ後の暴走族にせよ発生の背景はよく似ている。