yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 52  隠元、弟子6人と来日 

 1654年承応3年甲午(きのえうま)7月、明僧隠元が黄檗宗(おうばくしゅう)伝道のために来日する。


 隠元自身は臨済正宗と称していたが、独特の威儀を持ち、禅とさまざまな教えを兼ね併せる当時の「禅浄双修」の念仏禅や、「禅密双修」の陀羅尼禅を特徴とする明朝の禅である「明禅」を日本に伝えた。


 日本では禅宗の一派として独立した。


 なお、明代の書をはじめとして当時の中国における文化や文物をも伝え、隠元豆の名称に名を残し、日本における煎茶道の開祖ともされる。


 少年を草履取りとして男色について争論することやその取り持ちをすることを禁止。奉公人の両刀を帯び美服を着ること禁止。番士詰め所や従者下馬所での喫煙を禁止。城内での火の用心を示達。


 男色=男子の同性愛。なんしょく。衆道。若道(にゃくどう)


 相変わらずの禁止、禁止の政策が中心であったが、一方で利根川本流の流路変更工事などのインフラ整備にも力を入れていた。東京湾に注いでいた利根本流を銚子に注がれるようにした。


 花火なども打ち上げ花火から、子どもの玩具としての撚り花火や線香花火を売り歩く花火売りも現れ流行した。


 生活、宗教、教育、芸能、娯楽、産業、交通などの基盤が確りと構築され始めたことがよく分かる。