yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 94 十人十色の遊行ライフ 鎌田實著より

「遊行」とは、人によっては、解脱、煩悩から自由になることを目標にする時期だといいます。でも僕は字の通り、「遊び、行く」と考え、フラフラしてもいいと考えています。この時期こそ、自分の好きな仕事や、やりたいことをするときでもあるのです。


「遊行」とは、1人の人間が子どもの頃のような、自由な心で生きること。先入観などにとらわれず、こだわりなど捨てて、"遊び"を意識するのです。さまざまな殻を打ち破って、生命のもっと根っこの部分で世界を生きることです。


「遊行」を意識すると、失敗が怖くなくなる。


「遊行」しながら生きていくと覚悟を決めた人は、怒りたいときには怒ればいいのです。自然に肩の力が抜けて、達観したように怒らなくなる人も、それはそれでいい。


つまり「遊行」とは、あるがままに生きるということ。


 「あるがまま」と「おもうがまま」の違いを意識して生活する。


 遊行を「意識」の問題として、純粋な内面的な精神活動としてとらえる。すなわち生活や行動の根っこにある意識を変えることによって、生活や行動から起こる悩みや苦しみも変わることができる。


 そうはいってもある年齢に達しないと意識を変えたり、あるがままに生きたりすることはなかなかできるものではない。


 学生期(がくしょうき)=世間に生きるすべを学び、体をきたえ、きたるべき社会生活のためにそなえる青少年の時期。


 家住期(かじゅうき)=大人になって職業につき、結婚して一家をかまえる。子供を産み、育てる時期。


 学生期と家住期を過ぎて、林住期(りんじゅうき)=職業や、家庭や、世間のつきあいなどのくびきから自由になって、じっくりと己の人生をふり返ってみる時期。このあたりからやっと意識も変わっていく、60歳を過ぎてから。遊行期の暮らし(意識)に入っていけるようである。


 そうはいっても十人十色の遊行ライフであるから、意識も行動もみんな違って当たり前。


「あるがままに生きる」ことができればこれ以上の幸せはない。


「あるがまま」とは、具体的にはどういうことなのか少し深く考察してみよう。