yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 92  教育における田中角栄氏の功績

 田中角栄内閣総理大臣は殊の外学校教育や教師を大切にした。


 当時、教員の給与は公務員の中でも低いクラスに入っていた。高校を出たばかりの教え子たちが「先生」になっても食っていけないと心から同情してくれたものだ。


 1972年(昭和47年)に第1次田中角栄内閣が誕生して、「教職への人材誘致の見地から優遇措置が必要」との指摘から、人材確保法が成立して教員の給与を一般の公務員より優遇することを定めた。


 その結果、1年1度の定期昇給が、3か月短縮や6か月短縮が適用されて、年に2度の昇給が続いた。あれよあれよという間に教員の給与は一般公務員の中では上位に位置するようになった。
 これは田中首相が学校や教師を大事にしていた精神が政治の根底にあったからである。


 超一流と言われる大学を出て、エリートコースに乗った官僚や政治家は意外と学校や教師のことを気にかけていない人が多いようである。自分の学歴や経歴をひけらかす人は多く見かけるが。
 その点、田中角栄氏は身をもって学校教育や教師の存在を尊敬の念をもって考えていたふしがある。


 多くの人が目の敵のように日教組(日本教職員組合)を潰そうとしたが、びくともしなかった組合が、田中角栄氏のあたたかい陽を受けて軟化への道をつけた。
 これが田中角栄氏の第一の功績であろう。


 もう少し丁寧に田中角栄氏の業績を見直す必要があるような気がする。