yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 48  お陰参り大流行

 1650年 慶安3年庚寅(かのえとら)3月から伊勢神宮への集団参詣がはじまり、江戸の商人は白衣を着て参宮した。日常生活に対する厳しい統制と圧迫、一方、江戸商人は経済的に充実してきた。


 神事にことよせての民衆の示威行動が大ぴらになって、商人を核にした時代の流れが始まっていく。


 お陰参りの特徴は、奉公人などが主人に無断で、また、子どもが親に無断で参詣しても、確かに参詣したという証拠品、お守りやお札などを持ちかえればお咎めなしということであった。
 お陰参りを抜け参りとも言った理由がこれである。


 特別に大金を持っていなくても、信心の旅ということで沿道の施しを受けることができた時代でもあった。


 大人の正式なお伊勢参りにはかなりのお金が必要であったので、お伊勢講という仕組みを作ってお金を出し合いくじ引きで参詣する代表者を決めて旅費とした。
 くじにあった者は次回からくじを引く権利を失い「講」の所属者が全員くじに」当たるように配慮されていた。


 出立する時期は農閑期で、くじにあった者が「講」の代表として、2,3人程度の組でお陰参りに旅立った。


 庶民の移動には厳しい制限があったが、伊勢神宮参詣の名目で通行手形さえ発行してもらえば、移動は自由であった。参詣を済ませた後は京や大坂などの見物を楽しむものが多かった。


 時代の流れを変えるのは、「集団と思想」の行動力である。