yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 91  学校教育は塾に負けた

 受験戦争においては、学校教育は塾に負けた。
 それは、学校教育が本来の目的から逸脱したからである。

教育基本法 「・・・世界の平和と人類の福祉の向上に貢献すること・・・この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。・・・」


学校教育目標、教育の目的第一条 「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。」


 学校教育は教育基本法と学校教育目標をかなぐり捨てて、受験戦争に参加した。受験戦争の戦場では塾の相手にはならない。


 国を挙げて、受験戦争に国民を追いやることで、教育基本法は骨抜きになる。「教育基本法」や「学校教育目標」をまともに実践するような学校や教師はある意味では厄介な存在になるのであろうか。そのような学校や教師や組合をことごとく潰して、受験戦争に追いやることで批判勢力の芽を摘み取ることはできる。


 その結果、最高学府を出た優秀な官僚が政治家の顔色を見ながら立身出世の道をひたすら駆け上っていく。そいう意味では、国民を受験戦争に追いやったことは一部の人にとっては成功したと考えられる。


 本来の学校教育に立ち返ることは難しい。いったん戦争に突入したらそれを止めることは不可能に近い。では、何がこれを食い止めるのか。それもまた、教育の力に待つしかない。


 沈没しそうな「日本丸」の船の中で、何が大切なことかが分る人が全体の2割出てくることが必要である。2・6・2の原則。6割の人に影響を与えることのできる2割。
 
 国民の価値観が学校教育の方向を定める力になる。