yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 46  禁止、禁止の八百八町

 1648年 正保5年戊子(つちのえね)・慶安元年(2月15日)


 家光将軍在籍26年目 時の権力者 大老 酒井忠勝(11年目)


 禁止きんしの  八百八町で  かるためくってネ
 さんま食う   ダンチョネ


 家光は目黒に狩猟に、そこの農家で焼き立てのさんまを初めて食う。城では骨抜きをし、油抜きをして殿の御膳に出す。うまくないことおびただしい。


「これは、どこのサンマじゃ。」
「房州沖のサンマでございます。」
「サンマは目黒にかぎる。」


八百八町=実際に八百八町あったわけではなく、多いという意味。
かるた=遊戯または博打(ばくち)の具。花札もその一つ。


 6月に公事(くじ)訴訟手続きが規定され、家持は名主・五人組を通じて、借家の者は家主を通じてというもの、町人の日常生活についての細かな規制がなされた。
 大坂・江戸の商人の家督相続の改定も行われた。商業資本の力を意識し始めてのことである。大阪の町人に遺言状や宅地売買には名主・五人組の加判を要することなど。


 示達・規制・禁止で町人は大変であった。例えば、
 町人・召使の旅行以外の帯刀、召使のビロード・絹の帯・下帯の着用禁止、道路での宝引(ほうびき、福引のこと)を禁止、駕籠に乗れるのは60歳以上などなど。数え切れない。


遊行ライフ 落穂ひろい