yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 41 消防隊編成 42 芭蕉、伊賀上野赤坂に生まれる

 江戸を見れば 41 消防隊編成


 1643年 寛永20年癸未(みずとひつじ)2月に私鋳銭、3月に田畑の永代売買を禁止した。現実には質入れなどによって田畑の移動が行われ、地域によっては永代売買も行われていた。
 火災の頻発に対して、まずは大名火消しが編成された。消防隊編成の初めである。
 江戸が大都市として急速に発展していき、それに伴って木造建築が密集して自ずと火災の発生が多くなった。江戸の火事は大火災として広がっていく。


 そこで先ず、武家屋敷を中心とした消防隊として、大名火消しが編成された。大名の石高に応じて消防士を出すもので四人の大名が一隊を組み、一万石に対して30人の火消しが決められた。隊は10日ずつで交代した。
 その後徐々に、幕府直轄の定火消や町の自治としての町火消が編成されて消防の組織が形成されていった。


 江戸を見れば 42 芭蕉、伊賀上野赤坂に生まれる


 1644年 寛永21年・正保元年(12・16)甲申(きのえさる)
 西鶴の誕生から遅れること2年、芭蕉が伊賀上野赤坂にて誕生。その時、西鶴や芭蕉に影響を与えた松永貞徳73歳、西山宗因39歳であった。芭蕉より9年遅れて、近松門左衛門が生まれ江戸文学の礎を築いていく。


 忘れてはならない出来事として、この時期に中江藤樹が朱子学から陽明学に転向した。この思想が後の明治維新に繋がっていく。
 

松尾芭蕉=伊賀国阿拝郡(あべのこり)小田郷上野赤坂(三重県上野市赤坂町)、または同郡柘植郷に、松尾与左衛門の二男として生まれる。幼名を金作、通称を甚七郎と伝える。

 父の身分は無足人(むそくにん)(地侍級の農民)級かと言われている。兄半左衛門(元禄十四年没)の他に姉一人・妹三人があった。(日本文学全集、松尾芭蕉編より)