yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 34  銭形平次の投げ銭ができる

 1636年 寛永13年丙子(ひのえね)6月に一文銭と四文銭の二種類の寛永通宝が鋳造・発行された。
 日常生活の通貨として、貨幣体系の整備がなされて、これまでの乱雑な通貨が統一された。
 一文銭は銅銭で四文銭は真鍮銭と鐵銭があり、真鍮銭は1768年(明和5年)から、鉄銭は1854年から1860年の安政年間からである。

 銭形平次が投げている銭は、 原作者の野村胡堂は、寛永通寶四文銭としている。 四文銭は一文銭の重量の約1.3倍で、一文銭よりも当たった時にちょっと威力があることにはなる。 現代の金銭感覚的に言えば、100円玉を投げているようなものとのこと。

 銭形平次の時代設定は当初は寛永年間(1624年~1644年)だったのが、早い時期に文化・文政期(1804年~1829年)に変更されているようだ。
 この時代背景からいくと銭形平次が投げた銭は一文銭の方が鋳造・発行の視点からは妥当のような気がする。

 一文銭も後には鐵銭が多くなり、江戸時代の代表的通貨であった。
 原作者の野村胡堂が時代背景を文化文政に変更したのは「銭」の鋳造・発行のずれに気が付いたからではなかろうか。

参考資料、1両は、4分、1分は4朱、1朱は、250文。1両は今でいう、6~10万円に相当するので、1両が、8万だと計算しやすい。

 1両=8万、1分=4万、1朱=5千円、1文=20円。

 
 金貨は江戸時代に9回も改鋳されて、交換比率はそのたびに変動した。金の含有率をその都度変えて政権運営にあたった。ごまかしの経済政策はいまで言う株価操作も騙しのテクニックの一つである。