yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはかるた噺考 2  「ろ」 


【 論語読み論語知らず (上方) 】


 「論語読みの論語知らず」を話題にして、江戸の庶民は権威に対して抵抗を試みた。


 江戸時代は、個人の道徳書として論語が基本であった。その論語を指導する先生が教えることと実生活との落差が大きかった。
 江戸時代の戯作者、式亭三馬の滑稽本。浮世床の中で「論語読みの論語しらずよりか、論語よまずの論語知らずの方が余程、徳よ」と言っている。
 現在もなまじ大学で中途半端な勉強をした人よりも、現場で徹底的に鍛えられた人の方が人格的にも余程優れていることが多い。
 「医者の不養生」「陰陽師(易者)の身の上知らず」「紺屋の白袴」(紺屋のくせに、自分は染めていない白袴をはいている、仕事はできても自分のこととなるとできないものだ。)
 そんなことを考えているうちに、朱子学と陽明学を学習する羽目になった。「論語読みの論語知らず」のいろはかるたの持つ江戸時代における意味と役割が分らないことにはどうにもならない。


朱子学=性即理説、性(人間の持って生まれた本性)がすなわち理であるとする)天理(天が理である)。自分が正しい(正義)と思うのなら、それを行動で示しなさい。
陽明学=心即理・知行合一・致良知の説を主要な思想とする。「知行合一」(知ることと、行うことを一致させる)


 中途半端に専門家ぶっている人は大変だよ。行動が伴わないことが多い。それを「論語読みの論語知らず」と侮って、知行合一の生き方へと向かっていった。


 徳川幕府公認の儒学を暗に批判している。


 後に「知行合一」(知ることと、行うことを一致させる)陽明学が台頭して来る。そして明治維新へとつながっていく。徳川幕府公認の朱子学が徳川幕府を倒す思想に結びついていったことが何とも皮肉である。


【 論より証拠 (江戸) 】


 論より証拠というのも江戸庶民の哲学であった。


 しかし、現代科学では、仮設、実験、法則の流れで、仮設の部分を重要視するので論より証拠だけでは無理な面もある。
 生活全般、特に刑法に関してはやはり論より証拠が優先することになる。


 平成いろはかるたを創ってみませんか。
「い」 インサイダー取引ができる身分にまで出世する。
「ろ」 老々介護でお前100までわしゃ99まで。


「お前」は夫、「わし」は妻のことをさす。「お前」は本来敬語で、妻が夫を呼ぶときに使われた。「わしゃ」は「わし」のことで、「わたくし」という意味。夫が百才まで、妻(自分)が九十九才まで仲良く暮らしていきたいということば。


「随想 いろはカルタも参考にね」