yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば   29 鎖国体制への準備

 1631年 寛永8年辛未(かのとひつじ)キリシタンへの弾圧は益々ひどくなっていった。渡船や関所の検閲の励行と朱印状のほかに老中の奉書の添付を必要とする奉書船制の採用によって貿易の統制を強化し、鎖国への準備が着々と進んだ。
 対外的な厳しい統制、それ以上に国内での生活や思想の面での制約も厳しくなった。支配体制の維持に徳川幕府は必死であった。


 あまりの厳しさに各藩では、農民の逃散の対応に追われていた。金沢藩では、百姓の逃散禁止など農政五十八条を制規した。また、徳島藩と高松藩は逃散百姓の環住について協定を結んだ。
 それほどに農民は苦しい生活を強いられていた。


 逃散=農民が領主に対しての反抗手段として他領に逃亡すること。


 老中=職務は今日の国務大臣に相当する。老中は朝廷、公卿、大名や外国に関する事務と一部の訴訟を取り扱う。大老を置かないときは幕府最高の官職である。
 月番を設けて毎月交代で政務をとる。陳情または意見上申の客に応接する。奥祐筆組頭が具申する文案を採決し、将軍に上申すべきことは御側御用取次に渡す。
 調査を要することは奥祐筆組頭に、大名に関することは大目付に命じた。
若年寄は旗本一般を管理統括した。
 老中になるのは御譜代大名で徳川氏に忠勤した家柄でかつ十万石以下の大名であった。これは幕府が権力を一所に集めない用心からの慣例であった。資力と権力を分ける幕藩体制の知恵である。
 祐筆(ゆうひつ)=武家の職名で文章を書くことをつかさどる人。


 幕府の職制が分ると時代小説が面白くなる。