yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば   24 将軍は富と権威を見せつける

 1626年 寛永3年丙寅(ひのえとら)父秀忠は6月に上洛し7月11日に参内、続いて息子家光も上洛し18日に参内した。9月6日には御水尾天皇を二条城に迎え五日間にわたって接待した。
 将軍家にとっては大きな誇りであり、同時に京の住民には将軍の富と権威を見せつけるよい機会であった。


 将軍在京中は随行の侍たちの取り締まりを厳しく規制した。
城外への外出は一切禁止、参詣はもとより遊覧・銭湯への入浴も禁止されていた。
 衣服についても、箔・茜・紅染・大紋・大筋そのほか華麗なものは不可、寝具は別。朱漆・黄漆・白檀の鞘や大鐔(おおつば)・大角鐔・大脇差の禁止、太刀は2尺8,9寸、紅の下緒や赤帯は不可というものであった。
箔=金・銀・銅・錫・真鍮などをたたいて紙のように薄く伸ばしたもの。
大紋=大型の家紋などで刺繍や型染などで表したもの。


 寝具は別というところに表向きと内向きの意図があるようで、侍に対してはその程度の配慮はしていたのであろう。


 今も昔も、これからも、権力者は敵対する相手を潰し、自分に都合のよい人間を引き上げて権力システムの維持を図る。


 江戸時代は大名の取り潰しや転封、改易と権力者はあらゆる手を打ってきた。現在もあらゆる手を打って、権力を維持していることには江戸時代と五十歩百歩である。


転封=国替え、大名の領地を他へ移し替えること。
改易=罷免、所領や家禄・屋敷を没収すること。刑では蟄居より重く、切腹よりも軽い。