yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸川柳 色は匂へ  「え」の4 縁遠さ 5 夷講 6 江戸町

4 縁 遠 さ (えんどおさ)


  縁遠さ茶を飲みに行き行き      茶を飲みに行くだけ、期待すまい


  参考 水茶屋=現代のカフエ。茶を飲みに行くたまり場でお見合いの場所によく使わ
               れた。


  やるあても無いに今年も暮て行    親の心配どこ吹く風、また歳を取った


  あの男この男とて古くなり      めんくいだからなあ困ったもんだ


5 夷 講 (えびすこう)


  ゑびすこう信濃はめしの二日酔い   下戸は下戸なりに飯で酔いつぶれる


  参考 夷講=10月20日に商家で行う行事。人々に鯛をふるまい酒を飲ませる。
     信濃=信濃から来た出稼ぎ人。大飯食いで知られている。


  とらまへて酒をのませるゑびす講   無理矢理に接待するのも商いの手


6 江戸町 (えどちょう)


  江戸町へ戻れば初手のかほはなし   遅かったか、残念


  参考 江戸町=吉原五丁の一つの名前。大門を入って最初の町が江戸で一流の妓楼が
               多い。気に入った遊女を求めて五丁を回るがやっぱり江戸だと戻ってみればも
               う客がついている。


  思ひなし江戸町はりが強いよう    江戸のレッテルがつくだけでね格が上がる


  江戸から京までのこらずすけん也      すけん(見て歩く)だけでひやかしの客


  http://www.ctb.ne.jp/~bonta108 遊行ライフ めも句
  


教育の基本 42  あなた、認められていますか。

「先生方は、子育ては叱るより褒めることとよく言われますが、どう褒めたらよいのかが分からないんです。」
 そんな言葉をよく耳にする。その通りだと思う。


 日頃から心がけていないとつい叱責や小言の言葉が先に出てしまう。


 私はどちらかと言うと褒めるより「認める」という親の態度が子育てにはよいのではと考えている。


 褒めるにしても叱るにしても、その根底は親子や子弟という人間関係の中で成り立っているのだから、「発する言葉」が、人間関係をよくする言葉であればよい。


「あなたがそうしてくれると、お母さんもお父さんもとても嬉しい。ありがとうね。」褒める、認める言葉の基本であろう。
この逆「・・・とても悲しい。」は叱るときの言葉の基本であろう。


 そうは言っても叱るときは、感情的になってゆとりをなくし大きな声で叱責してしまう。日頃からの心の準備と自然に言葉が出てくる習慣がものを言う。


 若い時に山本五十六元帥海軍大将の幹部候補生の教育方針に出会ってそれを生活に取り入れたことが良い人間関係を形成してきたと思う。幸せなことである。


やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。
 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」
 (山本五十六元帥名言集より)


参 考 山本五十六=やまもと いそろく、1884年(明治17年)4月4日 - 1943年(昭和18
 年)4月18日)、日本の海軍軍人。第26、27代連合艦隊司令長官。海軍兵学校32期生。最終階級は元帥海軍大将。前線視察の際、ブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。 旧姓は高野。栄典は正三位大勲位功一級。


いろはかるた噺考 8  「ち」

【地獄の沙汰も金次第】


 落ち行く先が極楽であろうと地獄であろうと信じていない現代。そのような仏教の説は消滅した。


今は「生き地獄の沙汰も金次第」になってきた。


地獄の大王様が閻魔様ならば、生き地獄の大王様は誰でしょう。


 「金次第」でどうにでも決定できる人がさしずめ生き地獄の大王様でしょう。
「試験の沙汰も金次第」「裁判の沙汰も金次第」「政治の沙汰も金次第」などと勝手に思いを巡らしていくと生き地獄には閻魔様が無数に存在する。


 命の沙汰だけはどうにもならなかったが、今は「命の沙汰も金次第」で、少しだけ寿命を延ばすことができるようになっていきそうだ。庶民には手の届かない薬代がいるようだが。


【塵も積もって山となる】


「ゴミがたまるように金がたまったら、それもまた困るよなあ。」と、婆様が言っていた。金の処理がさぞかし大変だろうと、捨てるわけにもいかずどうしたものかと思案したのだろう。
「ゴミがたまる以上に金をためている人はどうしているのだろう。」かと、婆様の言葉を思い出す。
 コツコツと鍛えて筋肉をつけ、知識を詰め込んでいくのはその通りだと思うが、「塵が積もっても山とはならない。」山が風化して岩や砂や塵に変化していく、さざれ石の巖とはならないだろう。


 古今集、巻頭の紀貫之による序文「仮名序」の中に・・・
「遠き所も、いでたつ足下より始まりて年月をわたり、高き山も、麓の塵泥(ちりひぢ)よりなりて天雲たなびくまで生ひ上れるごとくに、この歌もかくのごとくなるべし。」
 「高き山も、麓の塵泥(ちりひぢ)よりなりて」の一文で江戸時代のいろはカルタに定着したようである。


 積んでよいのは、「体験の知恵」である。積めば積むほど役に立つ。







自 撰 めも句  その7 俳句を詠めなくなって何年に・・・

路地裏や芋焼酎の風師走
  (路地裏が消えて、庶民の暮らしが見えなくなった。)


黄昏て ぽつり ぽつ ぽと 木の実落ち
  (あいさつするひまもなく散っていく。たまらん。)


寒行やメガネの似合う若い僧
  (あれは秀才ですよ。家の後を継ぐのかなあ。)


除夜の鐘終わりよければまあいいか
  (初めもまあまあだったが、終わりもこんなもんだ。)


あれこれと妻に頼まれ初詣
  (来年は一緒に行こう。リハビリだ。毎年そう言っている。)


あるまでの寿命で生きる去年今年
  (わかっているのだが、何故か急ぐ。)


さてと どう生きるか ひまつぶし
  (パスカルの気晴らし論。どうつぶす。)



     遊行ライフ 教育の基本他





いろはかるた噺考 7  「と」

【豆腐にかすがひ】(上方)


 安倍政権は「県民投票は法的拘束力がないので投票の結果は関係ない。」
 投票結果に関係なく辺野古移設工事は進めていく考えを示した。


 沖縄県の県民投票だから結果に関係ない。と、言ったのか。日本全国どこの県でも県民投票は無視するというのであろうか。
 沖縄県だから無視するとなれば、完全な差別であり、日本全国の県でも無視するといえば、国民投票も無視するという意思表示である。


 こう考えてくると、権力者に何を言っても「豆腐にかすがい、糠に釘」で、すべてが徒労に終わることになる。


 少人数の人たちが何を言っても全く聞く耳を持たず効果はゼロである。


 要するに権力者の基本は人の意見は無視することが大原則である。それが権力であることを国民は自覚して生活していかなければならない。


 権力は独裁になる。古今東西の歴史が証明している。日本の歴史も例外ではない。


 その独裁を抑えるのが「憲法」であるはずなのだが、残念ながら今、憲法は仮死状態である。生き返させるにはどうすればよいのだろうか。


【年寄りの冷水】(江戸)


 80代に入って、高齢者に冷水はよくないことを実感している。


 70代までは何でもなかった冷水や冷たい食物が体を冷やし体調に変化をきたす。実感してびっくり。


 まして江戸時代の水は、神田上水や玉川上水にしても夏場になれば生水は飲むことができなかった。そこで、質の良い井戸水売りが大繁盛した。質の良い井戸水でも年寄りは沸かして飲むことになる。


 冷水や冷酒はやめにしてお茶と熱燗で80代を過ごすように心がけよう。そうはいうものの冷水と冷酒はそのものの味を直に伝えて美味しいんだよね。



  教育の基本