yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき24    いつかどこかで見た風景

 以前何かで見たような記憶があるのだが思い出せない。
 9月26日に衆院本会議で所信表明演説中、大多数の自民党議員が立ち上がって拍手する場面が報道され、ネットの写真で見ることが出来た。


 新しい日本の力を見せつけられたような気分で喜んでよいのか不安に思う方が良いのか不思議な思いに駆られた。


 東条英機首相の演説の時だったのか。毛沢東主席の演説の時だったのか。ヒトラー首相の演説の時だったのか。金正恩元帥に対する拍手だったのか。
そのような風景がダブって日本の内閣総理大臣の姿が大きく迫ってきた。


「おできと商いは大きくなると潰れる。」と言われるが、権勢も日本の歴史の中では大きくなると潰れる例が多い。


 いつか来た道を思い出させる貴重な場面であった。


つぶやき23 「やって見せ、」どうやって見せるのかが問題

「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」 山本五十六


 見せ方、聞かせ方、させ方、褒め方が問題。ごく自然に普通の生活の中で相手が気付くことがいい。殊更、取り上げてやって見せても逆効果になる。


 ばあちゃんが言っていたが「親のしないことは子もしない。」まさに名言である。子は親の姿を見て学習するのである。


「お父さんは、社長さんなのになぜ一番に会社に行ってお掃除をするの。」
「階段を降りたら会社だ。お父さんが一番会社に近いんだよ。それにね。掃除をすると気分が良いし元気が出るんだ。」
「ふうん。そうなんだ。」
「あなたも掃除やってみるか。」
「はい。」


「掃除うまい。お父さんよりも丁寧なところがある。」
「そうなんだ。これからもっともっとお母さんの手伝いをしよう。」
「それはいいことだ。お母さん喜ぶし、たすかるよ。水仕事はね。指の間からストレスが溶け出して、心を健康にするんだ。何か変わったことがあったらお父さんに知らせてね。」


 子どもとの会話の中で相手が尋ねやすい環境を作り、質問が沢山出来る雰囲気を作る。


「させられている。」という空気では自主性が育たない。特に家庭でのしつけには自らが考えて、自らが行動を起こしたと思えるようにお膳立てするのがいい。


「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」を参考にすることを勧めます。


5・7・5アラカルト HAIKU 9

 世界のHAIKUに導いた小泉八雲の功績は大きい。


 私、英語に弱いので、英語俳句を通して少しだけ英語に親しもうと企んでいます。


 古池や 蛙飛び込む 水の音    松尾芭蕉


Old pond / Frogs jumped in / Sound of water. 小泉八雲(Lafcadio Hearn)


 静けさや 岩に滲み入る 蝉の声   松尾芭蕉


What stillness! / The voices of the cicadas / Penetrate the rocks.
                     Reginald Horace Blyth
Ah, tranquility! / Penetrating the very rock, / a cicada’s voice. 
                     Helen Craig Mccullough


「静けさや」という言葉に “stillness” や “tranquility”
どちらにも感嘆符の!がつけられています。
「滲み入る」という言葉 “penetrate” “penetrate” には「貫通する、突き抜ける」という意味と同時に「染み込む、浸透する」という柔らかな意味も含まれています。


 以上のような解説を読みながら自作の俳句を自動翻訳ソフトを使って英語俳句に翻訳しています。


 自作の俳句を自動翻訳してみました。そのままです。これで通じるのかなあ。わかりません。知恵を貸してください。


手も足となり  起き上がる  夏の朝   掌
Hands and feet / Sit up / Summer morning


575に区切らなくて一気に翻訳すると


手も足となり起き上がる夏の朝    掌
Feet, hands and feet and hands up summer morning



いろはカルタ 「ま」 江戸と上方

 負けるが勝ち(江戸)

『一時は勝ちを譲って、しいて争わないことが、結局は勝利をもたらすことになる。』


 言ってわかる人は何も言わなくても相手の気持ちを正しく受け止めることができる。
 そういう言って聞かせてわかる人は少なくなってきた。そんな人と論争をしても不毛の何の成果もみだせない時間つぶしになってしまうのが落ちである。
 言って聞かせて分かる年齢は幼少期で特に3歳児ぐらいが一番相手の発言に耳を傾ける。
 青年期を過ぎるころから人の意見に耳を傾けない傾向が強くなる。特に高学歴の経済的に豊かな人ほどそういう傾向が強いようである。
 そういう意味からも三つ子の魂を見直し、鉄は熱いうちにたたき上げなければ手遅れとなること必定である。



 播かぬ種は生えぬ(上方)

【原因を作らないで結果は生じない。何もしないでは、よい結果は得られない。】


 何か問題が起こってから慌てふためいてその対策を練るのが日本の国民性のようになっている。その対策も後手ごての何の効果も期待できない対策が目につく。
 以前、子どもの間で危険な遊具が流行したことがある。特に、空気銃や吹き矢のような身体を傷つける危険遊具を取り締まることができない状態で教育現場の生徒指導担当者たちは大変な苦労をした。
 危険遊具の法規制ができた時には、遊具は売れに売れて流行のピークが過ぎて下火になっていた。業者が危険遊具で儲けた後、法律で取り締まるようなことであった。
 問題が起こる前に問題を防ぐための種を播かなければならないのだがなかなか難しいことである。問題がない時に将来問題が起こるであろうと考える習慣が日本人には弱いようである。
 問題が起こってもそれを検証することが少ない。検証が苦手の日本人の文化があるのだろう。
 お上まかせのあなた任せの習慣から抜け切れていない。





つぶやき22 政治は正義を教え、宗教は道徳を志向する。

 その政治と宗教が学校教育から欠落している。


 教育基本法でははっきりと政治と宗教について義務教育の対象として明文化されている。であるのになぜ敬遠され続けてきたのか。


 それには二つの理由がある。


 一つは、なぜか政治や宗教を指導していると周りの人が偏向教育をしているのではと圧力をかけてきた。ある組合団体やある宗教団体の力が膨れ上がってそれに対する恐れが政治圧力となっていった時代があった。


 多くの教師は思想的に組合活動や宗教活動に取り組んでいたわけではなかったので触らぬ神に祟りなしと無関心を装ううちに本当に無関心になってしまった。


 もう一つは教育基本法に明文化はしているが、授業の時間数や教科書の内容が立派な教育基本法を実施できないように仕組まれている。


 正義と道徳を置き忘れた学校教育の結果、いじめや非行や不登校の問題が噴出した。慌てた関係者は道徳を教科として位置づけ評価の対象にしようと動き始めた。


 正義や道徳をペーパーテストはもとより、他の方法でも評価することは極めて困難である。もし何らかの評価が始まれば子どもの純な成長を押し曲げてしまうことになるだろう。


 教育の中心は、正義を教え道徳を考えさせそれを行動に移せる手段を学ばせることにある。行動に移すかどうかは本人次第。


 対米戦争に最後まで反対した海軍大将 山本五十六の名言


「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」


 指導者その人の生き方が政治教育や道徳教育の基本である。大人の正義と道徳の姿を子どもに見せることである。。


 社会のリーダーとして自他ともに認められている人々の生き方の悲しい姿が毎日、テレビや新聞の主役になっている現状をあなたはどう思いますか。