yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはカルタ 「に」 江戸と上方

   憎まれっ子世にはばかる (江戸)

『他人に憎まれるものはかえって世間で幅をきかしている。』


 今は昔、腕白でもいいたくましく育って欲しい。というCMが、テレビから流れていたが、これこそ本音の親の願いである。
そして、実際に腕白小僧はたくましく育ったものだ。

 ところが、現在は腕白小僧が見当たらなくなった。なぜかひ弱な子どもが目に付く。ひ弱な彼らは、中学生の思春期頃、突如として変身を始め、中には非行へと走っていく者もいる。集団非行によって世間に幅を利かせようとする。
 カルタに読まれた真の憎まれっ子は、ほとんど見当たらなくなったような気がする。
 江戸の庶民は、本当は世にはばかる奴は憎まれると言いたかったのでは。


  二階から目薬 (上方) 

〖二階にいる人が階下の人に目薬をさすように、思うように届かないこと、効果がおぼつかないこと。〗


 お役所仕事の改革はまさに「二階から目薬」で、改革の成果のほどはまったくおぼつかない。
 あれほどの大きな採用にかかわる汚職事件を起こしたにもかかわらず最高責任者の責任はまったく問われなかった。
 そのこと一つとってみても公的な組織の実態が理解できる。もっとも、あらゆる分野の県民が大勢関わっての事件で今更のことでもない長い歴史の中でのことであるから、このことを問題にすると教育界だけでなく、「自治体」が吹っ飛んでしまいかねない。

 なんとなく有耶無耶のうちに事件を収めたのは仕方のないことであり、そうするよりほかに打つ手はなかった。「自治体」崩壊を防いだ責任者の功績がじわりと効き始めている。

 その代り「信用」というものを根本のところで無くしてしまったことが、これからの教育界にどのような影響をもたらすか深く観察していかなければ、教育の再生など絵空事になってしまう。
 怖いことである。


いろはカルタ 「は」 江戸と上方

   花より団子(江戸)

『風流より実利のほうが良いということ。』


  花より団子といわれると、私は江戸文学、好色五人女を思い出す。
 一六八六年、西鶴四十五歳の作品である。テーマをキーワードで言うならば、「人間の愛欲」ということになろう。
 江戸時代の封建制の確立した世界で、義理と身分制度に押しつぶされてきた庶民が、その枠を超えて人間の本能的な欲望を拡大していこうとする社会で「花より団子」の考えが方向づけられた。


 現代の人が受け取る「花より団子」とは、少しばかり意味合いが違うようである。花より団子の思想は、一面では人間の解放に役立ってきたが、度が過ぎると人間性そのものを崩壊させていくことになる。


  針の穴から天のぞく(上方)


〖小さい見識を持って、大きい物事に臨むこと。〗


 小さい見識の人の方が、大きな立派な見識を持っている人よりも大きな悪さをしない傾向にあるようだ。
 見た目では見識もあり、学歴もあり、生活態度も非の打ち所がない人が、急に変身してしまうことがある。特に、政治家や公務員にそのような人を見る。
 昔から、お役人と言われる人は、権力に近づいたり、権力を手に入れたりすると人柄ががらりと変わり見識も何もあったものではない。ダメ人間になっていくのが不思議である。権力はそれほどの魔力を持っているのであろう。
   見識の高い人は物事の本質や人の心を見抜く力があるので、権力にふさわしい思考や判断を何の苦も無くやってしまうのであろう。公私の区別をなくし自分の都合で判断し決断をしていく。
 人はみんな、「針の穴から天をのぞく」ことぐらいしかできないのかと思ってしまう。



コント5 望遠鏡

 彼、一九三一年(昭和六年)一月一日生まれ。当年四十歳。東京の大学、教育心理学部を卒業して、地方大学の講師をしている。


 学生時代は行動的で雄弁家で人付き合いも大変評判のいい青年であったが、あまり学問をしたせいか、無口になり、行動力がなくなり、人間嫌いになってしまった。
 かといって、人生がつまらないものだとはちっとも思っていない。寸暇を惜しんでは、読書をし、読書に疲れては瞑想に耽る。


 自己内省による心の変化や移リゆく肉体的変化を、また、妻や子の性格や意識や行動、それに身体的変化、その他、人間や動物の生活のようすを観察するだけで、結構満足し、楽しい日々を送っている。


 自己内省や身近な人間の観察にあきると、全く知らない世界を観察して見たくなる。それも極自然に、相手に気取られず相手のありのままの姿が見たいのである。


 日曜日も正午前になると、読書に疲れ一息入れるために、望遠鏡をもって屋上のベランダに出る。そして、町の風景を眺めるのが一つの楽しみになっていた。


 今日は特別に陽射しが肌に気持ち良い。白い雪の塊が町の立体感に陰影を添えて湯の町の異国情緒をそそる。
 鶴見山の方角は、雪一つ無く晴れているが、東の海上にはかなりの雲が広がって、こちらに向かって緩やかに進行している。
 海から山に向かって雲が移動するときは、きっと午後から雨になるようである。
この町での四十年間の生活から得た知識である。


 まず、ベランダに出ると、東側の手すりにもたれて、海の様子、特に波の動きを観察する。波は見るたびにその表情を変える。色と動きがその日の天候状態をよく表出している。 今日の海は少し黒く、白波が小さく海面を走って、空模様が悪くなる前兆であった。


 国道十号線を電車が走っているが、乗客はまばらで二、三人が立って窓際より山の手の方を眺めている。最高級の望遠鏡なので、距離は相当離れていても、顔の表情までよく観察することができる。


 白波がたつ海をバックに建物が無造作にばらまかれ、道路が黒いテープのように直線にあるいは曲線に交差しあっていた。
 ホテルHがひときわ大きくそびえ、動くものは波と雲と、そして、車と人のみ。
さすがは駅前通りで、車と人の動きが目立つ。駅の裏側、西口に近年新しい道が一本開通した。
 オレンジ色に赤い線の入ったディーゼルカーが、北から南へと走っていくのが目に入る。その手前を列車と並行に並んで、かなりのスピードで、グリーン色の大型の単車が走っている。
 白いヘルメットに革のジャンパー、若さが弾んで走っていたが、交差点五メートルほど手前で急停車すると、後ろを振り返り、手をあげた。だれか知人でも発見したのであろう。 停車している単車の前方交差点角を一人の幼児が走っていった。後ろを振り返り、走っては止まり、また、後ろを振り返っていた。
「あぶないな」という予感がしたが、ヘルメットの若者はまだ後ろを振り返って眺めていた。
 幼児は、隠れるつもりか、交差点直前で急に走リだし、角を曲がった。案の定、幼児は止まっている単車にぶつかリ転んだ。
 ヘルメットの若者は、泣き声にびっくりして単車から飛び降りた。単車は路面に倒れた。若者は幼児を抱き起こした。額のあたりを負傷し、出血した血は、泣きじゃくる幼児の手につき、顔面に広がった。


 交差点を曲がった一人の女、幼児の母であろう。仰天して、手に持っていた荷物を放り出すと、子供のそばに駆け寄った。若者から子供を取り上げると、ふるえながら、ハンカチで顔の血をふいた。三人、四人とやじ馬が集まって、事件は意外な方向に発展しそうな雲行きである。


 若者は白いヘルメットをとり、単車を立て、母に、そして、やじ馬連中に向かって、何やら説明を始めたようである。確かに、若者は止まっていた。
 しかし、目撃者がいない場合は、現場の状況から、若者は完全に不利になるだろうことは予想された。やじ馬は、十五、六人に増え、パトカーがやって来た。係の警官が事故なれした態度でノートにメモを始めた。


 彼は音声の故障したテレビドラマを見るような気持ちで、自分流に解説をつけながら、この心理劇に望遠鏡の焦点をあわせていた。
 「制限速度オーバー、前方不注意、事故が軽くてよかった」
 「ち、ち、ちがいます。とっとっ・ ・]


 幼児も母親も時間の経過とともに落ち着きを取戻し、ことのなりゆきを他人ごとのように眺めていた。
 若者だけがひどく興奮して、青い顔を緊張させ、鼻をピクピク、何かいおうと口を開けるのだが、また、鼻をピクピク痙撃させると黙ってしまう。


 いつのまにか、上空には雲が広がり、望遠鏡の画面に粉雪が映ったが、彼はまだ望遠鏡を覗いていた。


コント4 たった一人の女客

 ボラ、チヌ、イサキ、ハマチ、アジなどが釣れはじめると、この僻南の寒村も釣り人たちでにぎわい始める。特に土曜日の午後は泊まり込みの客で満員である。


それを当て込んでか、この地に、ちょっとデラックスな金持ちの退屈しのぎの片棒をかつぐような海辺のホテルが建った。
 透き通る紺碧の海原に続く、餅膚の砂浜、濃い縁の松林、その中にピンク色の屋根をのぞかせて海辺のホテル桃源郷が、こじんまりとすわっている。
 従業員も少なく、支配人が一人、女中が二人で、その都度、村の女をアルバイトに雇って経営している。支配人といっても、電話の番、風呂の掃除、帳簿の整理まで、一人何役も受け持っており、女中もご飯炊き、中洗いと女の仕事を一手に引き受けている。


 それで、土曜日のように、二、三十人もの宿泊客があると、海の女が、三、四人応援に来ることになる。健康で別に取り立てて愛想を振りまくでもない海の女は、釣客たちにはなかなかの評判であった。


 きょうの土曜日は、台風情報の影響か、釣客はなく、ホテル桃源郷の従業員が、戸締まりやら、なにやらと台風に備えて忙しく動いていた。
 佐多岬より東に進路を取れば台風の直撃を受けるし、西に向かえば大丈夫、夜中の満潮時にぶつかれば大変なことになるぞと村は緊張していた。


 今夜の予約客は全部だめだろう。浜風が強くなり、松林越しに見える砂浜に波頭のうねりが押し寄せていた。波頭の響きに交差して、乗用車の音が支配人の耳に入った。


 「だれだろう。こんな日に、もの好きな人もいるものだ」
 支配人は腰をあげると、スリッパをそろえ、外灯をつけた。しばらくして、玄関わきの広場に車が止まり、四十年配の男が高級な釣具を肩に入ってきて、支配人に告げた。
 「若紫のお部屋です。こんな空模様になったものですから、もう、お見えにならないかと思っていました。お一人でございますか」
 男は黙って、支配人の後ろについて歩いた。男を部屋に案内すると、支配人は風呂の準備に取りかかった。


 客足がつくと何人かあるもので、タクシーが女の客を送り届けた。男の釣客に混じって、家族連れや、小グループの女の客はたまにあったが、たった一人で桃源郷に来た女の客は初めてであった。


 支配人は女の客を、夕顔の間に案内した。続いて、もう一人の四十年配の男の客を浮舟の間に、結局、今日の泊まり客は、若紫の男と夕顔の女と浮舟の男の三人となった。


 若紫の男は、風呂上がりにビールを、夕顔の女は食後のフルーツを、浮舟の男は清酒をあけた。支配人は頭をかしげた。男の釣客は理解できても、夕顔の女についてはどうも納得することができなかった。別に用事があるふうではなし、無理をしてこんな天候状態の日に来る必要はなかろう。


 美しいという表現では、どうもぴったりとこないが、見るからにすばらしい女である。俗に、ふるいつきたいようなという表現があるが、本当にそうせずにはいられないような衝動を起こさせる清潔な女である。


 三十歳前後、純白のレースにパールの首かざり、ショートカットのヘア、引き締まった崩れをしらない肉体がかすかにまるみを想像させる。人をそらさない瞳、やわらかな豊かな音声、一体夕顔の女はなにものであるか。


 風が松林をゆさぶり、怒涛が、台風の接近を知らせる。満潮に近づくに従って、海辺のホテル桃源郷は不安と緊張を高めていく。
 三人の泊まり客は、静かに部屋に閉じこもったきり出てこなかった。若紫の男も浮舟の男も四十年配、普通の釣客とは少し様子が違う。贅沢な釣具と言い、車の趣味と言い、洋服の着こなしと言い、社会的にもかなりの身分のように思われた。
 あらしの前の三人の泊まり客は、まったくの偶然であろうか、偶然にしては神様もいきな取り計らいをするものである。
 それとも、夕顔と若紫あるいは浮舟とのどちらかと、ある線で結ばれているのであろうか。まさか、三角関係。それとも、まったく関係がないのであろうか。


 支配人はあらしの前の緊張に興奮し、なかなか寝付かれなかった。それでも、午前三時を時計が回って、錯綜した頭の疲れでとろりとした。
 あまりの静けさに支配人が目を覚ましたときは、まさに夜が明けんと、ほの暗い空気が動きはじめたときであった。 台風はそれた。


 夕顔の女は、あらしの去った青い波頭に向かって深呼吸をした。純白のレースがぬれた濃い緑にひときわ映えてすがすがしい。


  若紫の男も浮舟の男も釣に出かけ、夕顔の女は一人車の人となった。
  満足気なほほえみを残して。


コント3 黙とう

  黙 と う


 冷たい冬の星座が、ちかちかと輝いていた。


 空を仰ぐのも久し振りだ。振り返ると、街路樹の彼方にオリオンが澄んで見える。突然、進の背後から、けたたましいサイレンの耳をつんざく音が追いかけてきた。酒に酔った頭は一瞬混乱し、そして、異様に冴えてきた。もう忘れてしまっていたはずの二十数年前の記憶が体の中を駆け巡るのである。


 日本は昭和十六年十二月八日、突如ハワイ真珠湾を攻撃し、太平洋戦争は勃発した。緒戦の有利もつかの間、連合軍の反撃にあい、十七年ミッドウェー海戦で海軍は大打撃を受け、十八年アッツ島陥落と窮地に追い込まれていった。


 忘れもしない、昭和十九年、中学五年生の春であった。


 第一回軍事教練の時間。その年、赴任してきた配属将校は陸軍中尉の後藤伸介教官であった。年は確か二十七歳であったろうか、独身の情熱あふれる忠君愛国、孝養心の強い厳しい教官であった。


 「奉安殿に向かって、最敬礼、・・・直れ。本年度、第一回の軍事教練を行うに当たって精神統一のために、一分間の黙とうを行う。全員、気をつけ、黙とう」


 若さに満ちあふれた凛とした青年将校の声が、校庭にこだますると、一瞬、真空状態になった。教官の命令にしたがって、全生徒は直立不動の姿勢で目をつぶった。


 「学校教練ノ目的ハ、学徒二軍事的基礎訓練ヲ施シ、至誠尽忠ノ精神培養ヲ根本トシテ心身一体ノ実践鍛錬ヲ行ウニアル」


 青年将校は、進の前で立ち止まると、いきなり平手で、往復ビンタを二、三発食らわした。進の細い体は左右にぐらつき、今にも倒れそうになった。


 「名前を言え」
 「大木 進です」
 「なぜ、目をつぶらん」
 「目がつぶれないのです」


 青年将校は、はっとして、進の顔を、目を見た。左目のまぶたのところに手術のあとがあり、進の左目は義眼であったのである。


 「つぶせないはずはない。努力をしろ、目をつぶせ、命令だ」


 青年将校の声は、容赦無く進の心につきささっていった。
 進は直立不動の姿勢で歯を食い縛って目をつぶそうと頑張った。 しかし、この目はつぶれない。


 「左手を出せ、もっと上に上げろ、人さし指を出せ、目を押さえろ」
 目を押さえた左手の人さし指をつたわって、進の涙がはらはらとこぼれ落ちた。


 昭和十九年十月サイパン島が攻略され、ラバウルも孤立した。その年の夏より、中学三年生以上は、学徒動員令により大分第十二海軍航空廠に動員された。大中、別中、第一高女、岩田、日出と、十代の青少年が血を流した。


 海軍航空廠修理工場には、雷電、紫電、銀河、月光と日本の戦闘機が戦場より次々と送りこまれた。
 進はグラマンにぶちぬかれた零式艦上戦闘機の胴体の一部をドリルで切取り、新しい材料をリベットでとめる仕事をした。


 仕事の合間を縫って、厳しい軍事教練は続いた。軍事教練のたびに進は、言い知れぬ屈辱感を味わい、この戦争に、そして、あの青年将校に言い知れぬ憤りを感じるのである。


 ある日、青年将校は進に言った。「今夜、うちにこい。命令だ。話がある」


 進は教官の命令にしたがって、青年将校の家を訪ねた。


 「いよいよ、僕も現役兵として、戦地に行くことになった。出発する前に、君と和解をしておきたい。僕には君の気持ちがよくわかる」


 何がわかるものか、進の心は閉じたまま進自身でさえもどうすることもできなかった。隣の部屋から男の声がした。


 「伸介、すまんが、茶をいっぱい入れてくれんか」青年将校は立って、襖をあけた。


 床の間を背にして、一人の老人が正座していた。父である。
 進はじっとその老人の顔を見つめた。進は一目見てわかったのである。青年将校の父は盲目であった。


 伸介は茶を注ぐと、父の左手を取り、湯飲みをしっかりと握らせた。


 進は立ち上がって、直立不動の姿勢になると、左手の人さし指で目を押さえ、黙とうして青年将校を迎えた。


 目をつぶった進の顔は穏やかに微笑していた。
 青年将校は進の手を取った。あたたかい血がかよった。青年将校伸介のひとみには涙が光っていた。


 オリオンがまばたいて、救急車のサイレンの音が遠くに消えていった。酔い覚めの寒さに身震いすると、進はオーバーの襟を立てて足早に家路に向かった。