yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

こんと57   宗麟の誕生

 義鎮は出家して、宗麟と号した。33歳の若さであった。


 義鎮が出家を決意した直接のきっかけは怡雲禅師の般若心経の講義である。加えて、嫡子義統が流ちょうに般若心経を朗誦したことが出家の決意を促した。


 しかし、心の奥の方では門司城での毛利軍との戦いに敗れて大きなショックを受けていた。連戦連勝の負け知らずの義鎮にとって初めての敗戦は彼を攻撃型から防御型へと姿勢を転換させた。


 彼の思考は一度問題が起きると悪い方へ悪い方へと思考が傾いていく傾向にあった。毛利元就に負けた一戦は即自分が元就に殺されることに繋がっていく。一度そのように考えると次から次へと膨らんで、一つの不安が一つの恐怖になって彼を襲ってくるのである。


 「毛利に殺される」


 この彼自身の声で彼は自分の行動を起こした。この習癖は彼にとって決して不利にはならなかった。かえって、自分の命を守り危機を回避することが多かった。


 怡雲禅師が京都大徳寺に帰る数日前に怡雲禅師の手によって出家得度の儀式が執り行われた。永禄5年(1562)義鎮は入道して宗麟と号した。


 この時、30数人もの重臣たちが一緒に頭を剃った。


 宗麟は頭をなででみた。きれいさっぱりとした感触が手に触れた。剃髪することによって宗麟は心までさっぱりとした。


 うつ症状の気分が一瞬に消え失せた。


 宗麟を頭に30数人の坊主頭が一致団結して豊後大友は一段と発展していく。


「府内大友館は防備の面で弱い。義統にくれてやろう」


 宗麟は出家と同時に府内大友館を義統に譲り、島全体が要害堅固な城のような臼杵の丹生島(にぶじま)へ移った。


 臼杵湾は良港で、貿易港としての格好の条件を備えていた。それに丹生島の周囲は絶壁で特に石垣を築く必要もなく島そのものが城であった。どのような事態に立ち至ろうと水の便がよく、気象条件からも永遠に自給自足で生活をしていくことができる。理想の島である。


       
     宗麟は常に最悪の事態を予想して動く男であった。


花かるた 色は匂へ 「を」女郎花(秋) 九 湖

    雨の日やもたれ合いたる女郎花   九 湖(きゅうこ、江戸


   
         季節の花300より


 花言葉は 約束を守る、美人、はかない恋、親切


 秋の七草の一つで花が傘のようにかたまって咲く。漢字で「女郎花」と書くようになったのは平安時代のなかば頃からと言われている。根は漢方薬になる。

      

             季節の花300より


 別名 「粟花」(あわばな)、黄色い花が粟に似ているから。
 「思い草」(おもいぐさ)とも。


 雨の日に確りと観察をしてみよう。どういう形でもたれあって咲くのか。


5・7・5アラカルト 俳句18 花茨(はないばら)(夏)

 愁いつゝ岡にのぼれば花いばら   蕪 村

 蕪村のことを知りたくて、藤田真一著 蕪村 岩波新書版を購入して、最初のページをめくって唸った。蕪村がのちの人に与えた影響の凄さを実感した。


 「愁いつゝ」の句と次の句から、啄木の詩との関係を考察。


 陽炎や名もしらぬ虫の白き飛ぶ   蕪 村


愁い来て
丘にのぼれば
名も知らぬ鳥啄(ついば)めり赤き茨(ばら)の実
                    石川啄木 一握の砂より


 蕪村の2句があれば啄木の三行詩になる。


 日本伝統の本歌取りのお手本であろうか。
 それにしてもあまりにも本歌を利用しすぎている感がある。


 蕪村についてさらに読み進めて、蕪村の凄さを確かめてみたい。



5・7・5アラカルト  川柳16

 不渡りと五輪音頭が入り乱れ   後藤閑人

 東京オリンピックは、1964年(昭和39年)10月10日(後の体育の日)から10月24日の期間にかけて日本の東京で開かれた。


 五輪音頭に踊って一攫千金を夢見た人が多くいたが本当に儲けたのは限られた人だけで、大多数の人が不渡りを手に大変な生活をした。


 さて今回の2020年の東京オリンピックで笑うのは誰だろう。
スポーツの夢を食いものに一儲けする賢いやつがきっといるぞ。


花かるた 色は匂へ 「る」 縷紅草(るこうそう)(夏)

   相語る風雨の跡や縷江草   久保ゐの吉


    

       季節の花300より

 蔦性で垣根や木にからみながら伸びて行く、別名「るこうあさがお」とも呼ばれる。熱帯アメリカ地方原産の昼顔科。


    

          季節の花300より


  咲いてはしぼみ、次々と咲き続ける。日よけに仕立てる人もいる。