yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸川柳 色は匂へ  「か」の2 蚊(か)

忍ぶ夜の蚊はたたかれてそっと死に   粋だね。えらい。


じっとして居なとひたいの蚊を殺し   強くも打たれんしなあ。


手にとまる蚊を吹きながら御看経    経を唱えながらの殺生ですぞ。


御看経(おかんき)=禅宗などで、声を出さないで経文を読むこと。声を出して経文を読むことは読経。


内陣の御神酒にしんと昼間の蚊     神妙にしてやがる。


内陣=神社の本殿や寺院の本堂で、神体または本尊を安置してある部分。


質屋では利が喰い家では蚊に喰われ   蚊帳は質草だ。しょうがねえ。


花かるた 色は匂へ 「け」の4 鷄 頭 (秋)

   鷄頭や一つは育つこぼれ種    大 祗

   鷄頭の宿や窓から答へけり    召 波


   

       季節の花300より



   活けてみて鷄頭といふ昏(くら)き花  後藤比奈夫


   

       季節の花300より


   花言葉は、「おしゃれ」「気取り」「風変わり」


花名の鶏頭(ケイトウ)は、雄鶏の赤いトサカのような花の形にちなみます。英語でも「Cockscomb(雄鶏のトサカ)」と呼ばれています。

花言葉の「おしゃれ」「気取り」は、赤く立派なトサカをもつ雄鶏に由来するといわれます。「風変わり」の花言葉は、かつてこの花が花言葉をもっていなかったことから、「奇異、風変わり(singularity)」のシンボルに見立てられたことにちなむともいわれます。


 炭 大祇(たいぎ) 江戸中期の俳人。排風は人事を得意とし、高雅で清新。
 黒柳召波は漢詩人として活動、後に蕪村が京都に拠点を移すと、大祗らとともに三菓社(さんかしゃ)結成に加わる。召波は蕪村より9歳年下で作風も蕪村によく似ている。召波は45歳という若さで亡くなる。
 
 蕪村は召波の遺稿集に「俳諧は日常的な言葉を用いながらも世俗から離れなければならず世俗から離れながらも俗語を用いる離俗の方法は最も難しい」と述べている。


つぶやき 97  「学校が壊れる」週刊東洋経済

 行きつけの本屋で9月16日号の週刊東洋経済を買った。
「学校が壊れる」~学校は完全なブラック職場だ~を一気に読んだ。


 昭和30年代の教員の勤務実態は凄かった。こんなもんじゃないぞ。


 授業が終わって、部活や個別指導が始まり、夕方の5時過ぎから職員会議や学年部会、研究会、組合の話し合いと夜中の12時に家に帰り着けばよい方だ。
 まだ教員の中で車を持っている人は一人もいない。単車を持っている人が学校に一人か二人の時代である。みんな歩いて出退勤をする時代であった。


 当時はやっていた芸者ワルツの替え歌を学校帰りに歌ったものだ。
「空には三日月 学校帰り 手には重たいぼろカバン ならなきゃよかった先生などに これが苦労のはじめでしょうか」
 悲壮感はなかった。少し自虐的に結構楽しく歌ったものだ。


 過労死の問題などはまったくなかった。教員生活を楽しんでいたふしがある。
 何故か。
 それは子どもたちや保護者や地域住民の多くの人たちが、尊敬のまなざしをもって支えていたからである。教員をまるごと受け入れているのがよく伝わってきた。


 口角泡を飛ばし結論が出ない時は、学校の宿直室に場を移して結論が出るまで話し合った。先輩の夕食の差し入れで一杯飲みながら激論が明け方までも続き、ついには宿直室からの出勤ということも度々あった。
それほど教育という仕事に生きがいを感じていた教員が多くいた。


 やればやるほどその成果が目に見える。


 まるで舞台監督や芸術作家やスポーツの専門家になった気分でとことん仕事に打ち込むことができた。教員それぞれの個性が生かされた時代でもあった。何と言っても自由な雰囲気が教育界に満ちていた。


 ある法律をきっかけに次々に法律や条例やと学校に対する締め付けが厳しくなって、これまでの学校が変化し始めた。この流れを一つ一つ調べていくと一つの事実に突き当たる。それが何かが分れば、「学校を壊したのは誰か」がはっきりとしてくる。


 大変な労働環境の中でもへこたれるものではない。認められ受け入れられていれば人間は相当な過酷な条件の中でも確かな仕事をこなしていくものである。
 よい先輩がいて、純真な子どもが居て、尊敬のまなざしで教員を受け入れてくれる親や地域の住民が居ればそれだけで教員は自分の命や家族の生活も顧みず取りつかれたように教育に没頭していく。そのような危険性をも孕んでいるのが教育の仕事である。


花かるた 色は匂へ 「け」の3 月下美人 (夏)

      月下美人咲いて客なき今宵かな  藤岡細江


   
            季節の花300より


      月下美人開くところを圍みけり  入星曉圃


   

           季節の花300より


      寝もやらず月下美人の開く待   渡部三與


  花言葉は、「はかない美」「はかない恋」「あでやかな美人」
 

花名の月下美人は、この花が夜に咲き始め、翌朝までにしぼんでしまうことに由来します。花言葉の「はかない美」「はかない恋」もそれにちなみます。

 日本では6~11月に咲くゲッカビジン。つぼみは開花直前になると上を向いて膨らみます。夕方に芳香を漂わせはじめ、重なりあった白い花びらがゆっくりと開きはじめます(花径20~25cmの大型)。

 ゲッカビジンが夜に開花する理由は、原産地のメキシコ熱帯雨林地帯において、現地の花蜜食・花粉食の小型コウモリを媒介して受粉するように適応したと考えられています。

 ゲッカビジンの花は食用にもなり、台湾ではスープの具材として用いられるそうです




江戸川柳 色は匂へ  「わ」の2 若後家(わかごけ)

若後家のふしゃうぶしゃうに子にまよひ   子のために生きるか、それと
                     も。
若後家の剃りたいなどとむごがらせ   尼に、もったいない。


若い身で安請合の後家を立て      意地を捨てるべきか、女を捨てる
                   べきか。


若後家のたよりになってやりたがり   ごもっとも、ごもっとも。