yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 123  うそつきはどろぼうのはじまり

 祖母が言っていた.「うそつきはどろぼうのはじまり。平気でうそをつくようになると、不正や悪事も平気でやるようになる。」
祖父は「嘘も方便ということもある。人をたすける嘘もある。」と。


 このとしになって祖父母の言葉の意味がよく分かるようになった。


 「うそつきはどろぼうのはじまり。」より「どろぼうはうそつきのはじまり。」の方がよいような気がしてならない。


人は不正や悪事を働いた後に嘘をつき始めるような気がする。


 泥棒・不正・不倫・賄賂・改竄など法律や道徳に反する行為をしたときに人は嘘をつくようになる。そうでなければ嘘をつく必要がない。


「嘘も方便」はどの辺まで良い嘘として認められるのであろうか。
 命の危機に面した時、とっさに命を救う嘘や国民の幸福をこの嘘で達成できるような嘘はどうなのか。それまで否定しなくてもという気がする。


 今、国政を揺るがす嘘のオンパレードは、「うそはどろぼうのはじまり。」なのか「どろぼうはうそのはじまり。」なのか「嘘も方便」なのか。


 私はどうも法律や道徳に背いた「どろぼうはうそのはじまり。」にあたるような気がする。


 もし政治家が「嘘も方便」と考えて嘘をつきまくっているとしたら日本の国は救われない。まさか今の嘘のオンパレードを正当化してはいないだろうな。


 もっと大切な政治的課題があるという政治家もいるが、一事が万事でこれを正さなければ、すべてが嘘で塗り固められていると国民は思う。


 怖いことである。   国家崩壊の一歩になりうる。

江戸を見れば 108  時代の節目には新人が登場するものだ

 1710年宝永7年庚寅(かのえとら) 生類憐みの綱吉将軍が没し、大老柳沢吉保が隠居して、新しい時代には新しい人が現れるものだ。


 側用人間部詮房(まなべあきふさ)は事務的能力にたけていて、政治に対する建議は新井君美(きみよし・白石)によっていた。
 武家諸法度や諸士法度の理念は新井白石の儒学思想や儀礼主義が基本となっている。


 しばらくは、新井白石から目が離せない。


 一介の無役の旗本であった新井白石が六代将軍徳川家宣(いえのぶ)の侍講として側用人の間部詮房とともに幕政を実質的に主導し正徳の治と呼ばれる一時代をもたらす一翼を担った。


 新井白石の生い立ちやそれからの修業時代を眺めてみたい。


 1月 御家人への給付の米や金は、今年は切米だけとする。また、近火で風下のとき、出仕予定者は自宅待機させる。


 8月 京の桂姫(かつらひめ・かつらめ)に生活困窮を訴えるために金50枚下賜する。


 桂姫(桂女ともいう)=山城紀伊郡上鳥羽村の旧家の主婦。桂屋敷として除地になっていた。
 代々安産の守り札を将軍家へ献上していて、将軍家も保護していた。腹帯なども献上し女系相続で禁裏、親王家、摂家、将軍家にも出入りしていた。
 除地(のぞきち・よけち)=租税を免除された土地。

江戸川柳 色は匂へ  「た」の3 鯛 4 大伽藍(だいがらん)

ひだを直しながら鯛の先へ立ち    威儀を正して進物にする鯛。


 江戸時代の鯛は、めでたい魚とされ祝に送る習慣があった。特別の魚である。


まだうごく尾へ奉書の紙をかけ    祝いの儀式、ありがたく頂戴。


 奉書=上意を奉じて侍臣・右筆(ゆうひつ)らが下す命令の文書。


鯛ぐらいただうんうんと御あいさつ  賄賂流行時代、鯛ではねえ。うんうん。


鯛肩身釣るまで待つと夫人なり    女の実利主義、まつわ、まつわ。


 鯛肩身=周の国の洒落。太公望が魚釣りの最中に文王に会い、迎えられ
夫人=貴族の妻の敬称。身分の高い女は簡単にはなびかない。まず実利が優先、いや全てかも。


4 大伽藍


大伽藍面白がって咳をする    わあ、すげー。ひびくひびく。


 大伽藍=大寺院。大きな建物の中で咳をするとこだまして大きくひびきわたる。面白がって何度も繰り返す無邪気な大人もいる。


小粒でも是見てくれの大伽藍   一寸八分でもこの大伽藍だぞ。


 浅草の観音堂。本尊は一寸八分でもこの大伽藍を見てくれ。



http://www.ctb.ne.jp/~bonta108 遊行ライフ


つぶやき 122   だいじょうぶだいじょうぶ

 これまでに何度かもうだめかという思いが一瞬頭をよぎったことがあった。


 そんな時、いつのころからか「だいじょうぶだいじょうぶ」と口ずさむようになった。すると不思議と心が落ち着き生きる力がでてきたものだ。


「だいじょうぶだいじょうぶ」と口ずさむようになったきっかけは、36歳の夏、精神的にとても落ち込んで、今思えば軽い鬱の入り口であったのかもしれない、そんなある日書店で高神覚正著の般若心経講義の一冊を手にして、パラリとめくった189ページの冒頭に次のような一句が紹介されていた。


  浜までは海女も蓑きる時雨かな   瓢 水


『・・・やがて濡れる海女さえも、浜までは時雨を厭うて蓑をきる、この海女の優に優しい風情こそ、教えられるべき多くのものがあります。それはちょうど、ほんとうに人生をあきらめ悟った人たちが、うき世の中を見捨てずに、ながい目でもって、人生を熱愛してゆくその心持にも似ているのです。・・・』(高神覚正 般若心経講義より)


 私は即座に本を購入して、以来45年間手元に置いて何度も読み返し、書き抜いたりして、私の生きる力の支えにしている。
 俳句あり、川柳あり、短歌あり、小説からの引用も多く読みやすく体の芯まで入り込んで来る。
 海に浸かる瞬間まで、優しく包み込みいたわり励ましていくことを忘れずに生きていく。「だいじょうぶだいじょう」は私にとっての経文になっている。


  浜までは海女も蓑きる時雨かな  私を生かしてくれた一句です。

江戸川柳 色は匂へ  「よ」の3 吉野山 4 吉原(よしわら)

吉野山十七文字ではほめたらず   字余りで褒めたんだ。


 参考 貞室の俳句「これはこれはとばかり花の吉野山」は一字多い字余りの句である。


吉野山むだ花の咲く四十年   南北朝の戦で花見どころではなかった。


4 吉 原


吉原の方へ死んでも枕をし    北枕のこじつけ、男の性か。


 参考 江戸で唯一の官許の吉原は、男の社交場でもあった。男の関心は常に北(吉原の異称)にあり、死んでも北枕になって吉原の方に向かっていた。


吉原がたんぼへ引けて猪牙は出来   山谷に移って新吉原に


 参考 猪牙は猪牙舟の略。
 猪牙舟・猪牙船(ちょきぶね)は、猪の牙のように、舳先が細長く尖った屋根なしの小さい舟。江戸市中の河川で使われたが、浅草山谷にあった吉原遊郭に通う遊客がよく使ったため山谷舟とも呼ばれた。長さが約30尺、幅4尺6寸と細長く、また船底をしぼってある。


よし原は大坂ばかり他人にし  江戸町、京町、伏見町、大坂町がない。