yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 116  温故知新で想定内のことが多い

 政治家は政治経済や法律については学習が深いようであるが、日本の歴史、それも自然災害や宗教、産業、芸能、生活などについては関心が薄いようである。


 江戸116年の歴史を垣間見るだけでも現代起こっているもろもろの出来事は想定内のことになる。
 自然災害を初め、人災のサリン事件や原発事故などもすべて想定内の出来事である。


 1718年享保3年戊戌(つちのえいぬ)、米価の下落で農民の間に騒動が広がる。


 日本列島、大火、洪水、地震、噴火、一揆と大荒れにあれた。大阪の米相場が一石につき銀230匁がこの年は豊作のために銀33匁までに下落。自然災害も頻発してあらゆる規制を強めていった。
 屋敷の広さと所有数を制限。20万石以上の大名の参勤交代の従者数を削減。町々の塵芥を堀や川へ投棄することを禁止。町方の華美な服装を禁止。


 浪人の取り締まり。鉄砲と密猟者を点検。宿場の飯盛り女を取り締まる。一軒につき飯盛り女は2名以内。町火消新設=町方に組織された消防隊、初めは45組でスタート、後にいろは48組となる。


 江戸幕府開闢100年を過ぎると組織的に町の整備も進む一方。問題も多く、取り締まり、規制、禁止と幕府は政治体制の点検を徹底するようになる。


 特に不穏な動きをする浪人などの監視は念入りであった。


 江戸が抱える問題点はそのまま現代社会も抱えている。外目には見えないが不穏な動きをする人物については日常的に監視の目を厳しくして、すぐにその情報が入る仕組みになっている。


 江戸で活躍した「隠密」、現代版隠密の活躍が社会の隅々まで張り巡らされている。にもかかわらず大きな事件が起こっている。
  仕組みの上で大きな問題があるのか、また、政治家の資質能力に問題があるのか。関心のある所である。




つぶやき 150  笑いと音楽の効果に驚き、そして感謝

 笑いが健康によいという情報はよく耳にしているが、これほどに体調の変化に影響を与えるとは思はなかった。


 妻が歩行器から車いすになって5年ぐらいになるだろうか。その間にブレドニゾロン錠が15mgから1.5mgと10分の1になって副作用と思われる症状がめっきりと減った。


 闘病生活も10年近くになると精神的な問題の方が大きくなってくる。周期的に気分が滅入ることがやってくる。


 つい先日、ユウチュブで歌謡漫談を視聴した。


「神野美伽&横山ホットプラザーズ」の美伽さんがまだ出だちの若い時のもので、勿論ホットプラザーズの3人も若かった。
 美伽さんの歌のうまさは言うまでもない。漫才の掛け合いの間のよさがなんとも絶妙で明るい気分に自然となっていく。


 これをきっかけに歌謡漫談やコントレオナルド。さゆりの河内音頭や中条きよしのダンチョネ子守歌などを視聴するようになった。


 夕食後1時間程度の視聴を2,3日繰り返したら考えられないほどの元気が出てきて生活が意欲的な前向き思考になって喜んでいる。
 上手く笑いと音楽を生活の中に取り入れて老々介護の時を乗り切ろうと計画している。


 機会があれば、元気のきっかけをもらった「神野美伽&ホットプラザーズ」のみなさんに「ありがとう。ありがとう。」とお礼を言いたいのだが・・・。


「神野美伽&横山ホットプラザーズ」<ユーチューブ>
神野美伽&横山ホットブラザーズ
 楽しいねえ!ありがとう。




江戸川柳 色は匂へ  「み」の4 三浦屋 5 三河 6 神酒徳利                7 水揚

4 三浦屋


  尻がちいさいと三浦屋まだ不足    もっと肉を喰わせておけば・・・


  参考 三浦屋=吉原の妓楼。上級遊女高尾は三浦屋のお抱え。仙台侯が高尾の体重と
    同じ重さの黄金で身請けした時、たぶんもっと尻が大きく体重が重ければと思っ
    たことだろうと。


5 三 河


  伊勢よりも三河は顔がのどかなり   いい年を迎えた。借りなしやで。


  三河から暮の機嫌を来て直し     おめでとさん。ありがとね。


  参考 江戸には年末に伊勢より御師(おし・おんし)が暦を配りに来、
    新年には三河より万歳をしにやってくる。歳末は掛け売りの代金を取り立てる月
    であった。庶民にとっての年末は年を越せるかどうかという大変な月であった。


6 神酒徳利(みきとくり・みきどくり)


  みき徳利きゃたつの上でふって見る   おおう。はいってるかな。


  神酒徳利一つこわして二つ買ひ     対でそろえなならんのや。


  橘と桜は御所の神酒徳利        左近の桜、右近の橘


  参考 神酒徳利は二本で一対。仲良し夫婦のことをお神酒徳利などと言う。


7 水 揚(みずあげ)


  水あげがすむと遣手もさまをつけ    ほんとほんと。現実。


  参考 水あげ=生け花の用語から、遊女などが初めて客に接すること。
     遣手(やりて)=妓楼で遊女を取り締まり、万事を切り回す女。これから腕前
    のある人のことを遣りてというようになった。
     水揚げが終わると大切な商品になるので呼び捨てにしないようになる。時期は
    15・6歳頃から。箱入りにして遊女に相応しい教養や芸事を仕込む。




 教育の基本


江戸川柳 色は匂へ  「め」の4 女敵 5 目黒 6 飯焚 7 目見得

            
4 女 敵(めがたき)


  めがたきはうつ方が憎ていなつら   どう見ても敵の方がいい男だな。


  参考 女敵=自分の妻と密通した男。憎ていなつら=人相が悪い。


5 目 黒


  畳をたたき立てどこの目ぐろだよ   焼くほど亭主持てやせんで。


  参考 目黒=江戸の南郊、目黒不動は28日の縁日に参詣が多い。近くに品川があ
     る。目黒と言って品川に直行する方もいる。
     畳をたたき立てて腹を立てる。この場合女房の焼餅。


6 飯 焚(めしたき)


  めし焚に婆アを置いて鼻あかせ    手をつけるならどうぞ。あんた。


7 目見得(めみえ)


  目見え乳母大はだぬいで両手つき   みてくださいませ。よく乳でるよ。


  参考 目見得=面接試験。奉公人を雇うときの主人の面接。




江戸を見れば 115 時代の変化に対応できず

 1717年享保2年丁酉(ひのととり) 時代の変化に対応できず反動政治へと走る将軍吉宗。吉宗は家康の時代を理想として「諸事権現様御定之通」と、政治の舵を切った。


 農民の強訴が全国各地で頻発し、農民一揆としての力を備え始めた。江戸時代の民衆運動の始まりで、吉宗は強訴にどう対応するかで苦労をした。
 農民だけではなく、町人や商人も農民一揆に参加し始め規模も大きく全国各地に民衆運動の波が広がっていった。


 百姓一揆に対する処罰が明文化されたのは吉宗が将軍となってから26年後1741年(寛保元年)のことである。


頭取(とうどり)死罪、名主重き追放、組頭田畑取上所払、総百姓村高に応じ過料


と、厳しいものであったが、厳密に守られなかったために一揆は減るどころかふえるいっぽうであった。


 普請奉行であった大岡忠相を江戸町奉行に任用したのがこの年である。忠相があの吉川英治の小説で有名になった大岡越前守の初代である。


 参考=町奉行(まちぶぎょう)とは江戸時代の職名で、領内の都市部(町方)の行政・
    司法を担当する役職。
   強訴=為政者に対して徒党を組んで強行に訴えること。
   越訴=(えっそ・おっそ)正規の手続きをせずに上級の役所に起こす訴訟。
   逃散=農民が領主の誅求(ちゅうきゅう)に対する反抗手段としてた他領に逃亡す
      ること。誅求=農民を責めつけて税金などを搾り取ること。


 民衆の抵抗手段は強訴・越訴・逃散が主力であった。


 

 教育の基本