yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 98 将軍綱吉の「易経」講義終了

 1700年元禄13年庚辰(かのえたつ) 将軍綱吉が自ら講義した「易経」が11月21日をもって終了した。
 1693年、元禄6年4月20日に開講して8年、240回の講座であった。
 聴講者は門跡(もんぜき、宮門跡、摂家門跡、准門跡)三家、大名、旗本や僧侶、社人、山伏、保明ら側用人の家人などであった。


 参 考
門跡=一門の法跡の意。祖師の法統を継承し、一門を統領する寺、また、その僧侶。皇
 子・貴族などの住する寺。また、その寺の住職。本願寺の管長の俗称。


社人(しゃにん・しゃじん)=神社に仕える人。一般に雑務に従事する下級の神職。


三家=公家の三家、太政大臣まで昇ることのできる家柄の内、閑院家・花山院家・中院(なかのいん)または久我(こが)家。
 江戸時代は尾張の徳川家(尾州家)、紀伊の徳川家(紀州家)、常陸の徳川家(水戸家)の総称。諸大名の上に位し、将軍に嗣子のない時は三卿(さんきょう)と共に尾張・紀伊両家から継嗣を出した。水戸家はその特典がなく代々副将軍。


三卿=徳川氏の支族たる田安・一橋・清水の三家の家格。尾張・紀伊・水戸の三家の次席
 で、宗家に嗣子がいない時は宗家を継承する資格を有した。御三卿(ごさんきょう)


易経=五経の一つ。周易(しゅうえき)または単に「易」と称する。古代の占術を儒家が
 取り入れて経書としたもの。陰陽二元をもって天地間の万象を説明する。


 将軍綱吉の直々の講義とあって、聴講者は大変であっただろう。


 次の年に江戸城松乃大廊下の刃傷事件が起こる。


江戸を見れば 97  金融緩和と物価上昇

 1699年元禄12年己卯(つちのとう) 幕府の無策な政策と金の含有量を減らした悪貨の流通で、通貨は膨張して物価の急激な高騰を招き人民の生活は非常な不安と困窮に襲われた。
 それに対して幕府は倹約令を以て対応したのでますます不安定な社会状況となっていった。
 大和郡山や江戸の大火、肥前の津波、津軽暴風、肥後・豊後の洪水と日本列島は自然災害で、「捨て子」の再々禁止令を出さなければならないほど人民は生活ができない状態に追いやられていた。


 それでも幕府は政策的には禁止と規制で乗り切ろうとしていた。


 一方、貧困の旗本7690人に拝領金を配り、借金や買い物の未払いを返済させた。更に、譜代小身の輩にも拝領金を下付して生活を支えた。


 このような社会環境の中で、赤穂事件が起こる。


 赤穂事件の原因については、いろいろと取りざたされているがこの政治環境と自然災害と社会環境をもとに起こるべきにして起こった事件としてとらえることが必要であろう。


 次回、松乃廊下刃傷事件について考えてみる。


 外様大名 第3代藩主 浅野長矩(ながのり)5万石 官位従五位下に対するは、
吉良義央(よしひさ)5千石 高家旗本(高家肝煎)官位従四位上 左近衛権少将(上野介)清和源氏足利氏の流れをくむ名門の家柄。


 田舎大名とよばれる浅野家と石高こそ低いが名門中の名門、高家旗本の人間関係を頭に入れておく必要があろう。


江戸川柳 色は匂へ  「と」の3 湯治 4 富

一チ弐もく湯治がえりはつよく成り   退屈は碁を強くする。


湯治場で何にも知らぬ残念さ      勝負事・芸・博打、知らないよ。


湯治から帰ってわるい芸がふえ     花札も強くなったぜ。


「と」の4 富


一の富どこかの者が取りは取り    誰かが取っているはずだからなあ。


 参考=一の富は寺社で行う富突と称する富くじの第一の当たり。富札は壱歩で、百両富・千両富などがある。政治が大衆一般を動かす手として使ったものであろう。
 「貧しいのは政治のせいではないよ。運だよ。見なさい運が良ければ千両でもあたるのさ。」
 大衆を統御する一つの手として「運」を利用した。現代にも通用する一手かも。貧富の格差は「運」だよ。まいったなあ。


富札の引さいてある首くゝり      最後の頼みの綱も切れ。


富を取ったを隠してゝうたがわれ    おかしい。金遣いあらいぞ。やったなあ。



元禄前句附 11 (前句)肝をつぶして居たる顔つき


いひ懸(かく)る嘘はしやくりの止薬 肝をつぶして居たる顔つき


 「何か隠しているでしょう。」で、しゃっくりが止まってしまった。「わあっ」と脅すより、心理的な脅しの方が効果的なことがある。まったく。


元禄前句附 12 (前句)もたれかゝれる人の右流左死(うるさし)


忍ぶ夜に女違ひのつくも髪 もたれかゝれる人の右流左死(うるさし)


 参考=つくも髪、九十九髪または江浦草髪とも書く。老女の白髪。


 間違ってとんでもない人の部屋に忍び込んでしまった。いまさら「まちがいました。」とも言えない。頭を抱え込んでいる男の姿が目に浮かぶ。



http://www.ctb.ne.jp/~bonta108 遊行ライフ


つぶやき 106  忖度と日本語の文末決定性

 日本語の文末決定性に国民性が強く影響されているような気がする。


 最後の最後まで「ハイ」か「イイエ」か分からない構造がついつい上司の顔色を見ながら決定する瞬間に「忖度」の力が働くようである。


 「この問題に関して、大臣が責任を取って辞任する必要が・・・。」
 「ある」のか「ない」のか最後の2字まで結論は分からない。


 最初に明確に結論を述べる習慣を学校教育の中で育てなければならない。


 先ず、結論を堂々と言おう。
「大臣は責任を取って辞任するべきだ。」
「大臣は責任を取って辞任する必要はない。」


 結論の後に簡潔にその理由を述べればよい。


 頭のよい人ほど、役柄が上に行くほど「結論」を言わない。意味不明な言い回しをして「コメントをさしひかえる。」という言葉で結論にする。


 これからの学校教育、特に国語科の指導では、結論や自分の意志を最初に述べる習慣をつけていかなけれ、日本人の「忖度」癖は日本人の伝統文化になって(もう既になっている)外国人から信用されない民族になっていくだろう。


 「忖度」は日本の伝統文化である。


 「忖度」をした方がよい場面と「忖度」をしてはいけない場面がある。
 「忖度」が不正につながることはあってはならない「忖度」である。



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 遊行ライフ十人十色の人生

教育の基本 37  嘘つかない。責任を取る。

 2018年3月16日(金)の日経コラム「春秋」より


 『昭和20年(1945年)8月。終戦を前にした霞が関の官庁街で、建物の庭先から煙が上がった。資料や文書を焼却せよとの指示が政府から出たためだ。・・・』


 春秋の冒頭の文章である。


 今話題になっている森友学園の問題と結びついてその問題の深さに驚き、信用されない政府の先行きや国の在り方に危機感をつのらせた。


 書き換え、改ざん、廃棄は、昔から権力者の十八番で常套手段である。


 人間の弱さが丸ごと出ている現実的な問題である。
 森友学園の問題をきっかけに、「嘘をつかない。」「責任を取る。」という最も基本的な生き方に立ち返って、日本国家の方向を正してほしい。


 森友学園事件の決着は教育の基本である。「誠実」「責任感」「正義」などの道徳の基本中の基本を孕んでいる。


 あなたの証言やあなた方の生き方が日本の民主主義を崩壊させるか、新しい方向で民主主義を生き返らせるかの瀬戸際にきている。


 政治家と官僚は自覚して「歴史を正しく」後世の人に伝える責任がある。


 「前川前次官の講演、録音データ提供求める 文部科学省」という新しい問題が起こっている。問題の根っこは森友学園の問題と同じである。だんだんと戦前の雰囲気に似てきている。