yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

つぶやき 86  グー・チョキ・パー

 近ごろ、じゃんけんをしている子どもを見かけることが少なくなった。
 よくよく考えるに「じゃんけん」を考案した人は凄い。

 三すくみ拳は日本の平安時代には存在していたとされる。日本での代表的な三すくみ拳は虫拳でヘビ、カエル、ナメクジの三すくみ(人さし指はヘビ、親指はカエル、小指はナメクジ)である。ルールはじゃんけんとほぼ同じで、カエルはナメクジに勝ち、ナメクジは蛇に勝ち、蛇はカエルに勝つというもの。

 幕末には「狐、庄屋、猟師」もしくは「狐、猟師、鉄砲」の狐拳という三すくみ拳が流行し、三連勝しないと1本取ったことにならない。藤八拳(東八拳)が派生して、家元制度が導入され、競技性が高まった。

 明治になり数拳の手の形と三すくみ拳からの現代行われているじゃんけんが考案されたと考えられている。

 世の中は「三すくみ」である時代が一番安定した過ごしやすい環境になるようである。
 今は、どれか一つが欠落しているようである。例えば、「グーとパー」だけでチョキがないような気がする。石のように耐えていくグーと権力に胡坐をかいたパーで、初めから勝負は決まっている。


 大人数を二組に分けるようなときは、チョキなしじゃんけんポンでよいのだが勝負するときは、三すくみでなければ公平ではない。


 今は公平でない社会が大手を振って闊歩している。


 チョキの役割を果たす「選挙民」「報道関係者」「司法関係者」等が頑張らないと民主社会が潰れてしまう。


 問題に切り込んでいく「チョキ」の役割を期待したい。



江戸川柳 色は匂へ  「へ」の2 臍(へそ)

かたいやつ臍をほしがる門から出    意志が固いのかいくじがないのか


 臍を欲しがる門=雷門のこと
 雷門の裏門は、吉原に通じる


よい思案雷門を二度通り        よくよく考えてやっぱり


恋しさは親父の臑(すね)に母の臍   かじれるものはかじるがいい


 すねをかじり、臍くりをあてにして生きた若旦那か。結構いい親父さんになっているもんだよ。


花かるた 色は匂へ 「く」の2 グラジオラス(夏)

いけかへてグラヂオラスの眞赤かな   松 葉 女


    季節の花300より


 別名「唐菖蒲(とうしょうぶ)」。東洋にある菖蒲というところから。

    

        季節の花300より

花言葉は「用心深い、楽しい思い出、たゆまぬ努力」「密会」「忘却」
    「勝利」


花名のグラジオラスは、ラテン語の「gladius(剣)」を語源とし、葉の形が剣に似ていることにちなみます。古代ヨーッパでは、人目を忍ぶ恋人たちがこの花の数で密会の時間を知らせていたとされ、これが花言葉「密会」「用心」の由来になります。



江戸川柳 色は匂へ  「ほ」 棒

棒の手を見せるが客へちそうなり   見事な麺棒さばき


 家の親父さんは手打ちうどんや手打ちそばはプロ並みであった。地方公務員にしておくのはもったいない腕を持っていたが腕を生かさないままに終わった。それもいいか。


そばを打つ音もちそうの数に入り   音がちそうになるのは少ない。


棒の中めんぼくもなく酔は醒め    辻番や自身番の棒ではね。


棒ほどの事針ほどに母かばひ     棒大針小の母心、いいね。


江戸を見れば 40  餓死者続出 西鶴誕生

 1642年 寛永19年壬午(みずのえうま)春から夏にかけて日本列島全国的に飢饉に襲われる。慢性的に続いていたこの飢饉状態で餓死者続出。


 徳川幕府の農村支配は危機的状況になっていた。


 そんな年に「井原西鶴」が芭蕉よりも2年先に誕生する。


 井原西鶴=江戸時代の大坂の浮世草子・人形浄瑠璃作者、俳諧師。別号は鶴永、二万翁、西鵬。


 2歳年下の芭蕉と共に談林派の俳諧師、西山宗因の影響を受けて成長していく。やがて11年ほど遅れて、近松門左衛門が誕生して、新しい江戸文学の基礎を固めていく。


 西鶴、芭蕉、近松の三人が成長していく姿を追ってみたい。


 餓死者続出の中で蔵奉行や代官がコメの不正売買で処罰される者が多く出た。農村では酒造の禁止や南蛮菓子の売買を禁止した。
しかし、富裕層向けの酒の販売や南蛮菓子の販売は行われていた。


南蛮菓子=カステラ・金平糖・ボーロ・有平糖・カルメラ・ビスケットなど。農村で製造販売されるまでに普及していた。


 私は江戸時代について相当な誤解をしていたようである。食生活や産業、経済、宗教、教育など、現代社会と重なる点が多くとても身近に感じるようになった。かえって江戸の方が質・量ともに現代をしのいでいる面を見ることができる。