yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはかるた噺考 4  「に」

【二階から目薬】(上方)


 江戸時代の目薬のことを知らないとこの諺は理解できない。


 江戸時代の目薬は軟膏か粉であった。現代の液体の目薬なら二階からでも万が一の点眼の可能性はあるが、軟膏や粉薬では二階からは無理な話である。


 江戸時代の目薬と江戸庶民の無筆(字が読めない)者が多かった時代を背景にした「目薬」という落語は当時の社会を知っていなければ理解できない。


 目を患った男が薬屋で目薬を買ってきて効能書を見ると「めの尻にさすべし」と書いてある。この男、「め」という仮名を「女」と読んでしまったからさあ大変。
 「かかあのいる奴はまあいいよ。いねえ奴はどの女の尻にさすんだ。」なんてぶつぶつ言いながら。
 「かかあ、こっちに来てしりをまくれ。」
 「まあ、何て言う事を昼間っから、馬鹿なことをお言い出ないよ。」
 「目薬をつけるんだ。」
 「あなたの目につけるのになんで私がお尻を出すの。」
 「いいから、こっちに来て尻をまくれ。」
 「でけえーけつだなあ。ここにつけるのかなあ・・・」
 男が顔を近づけて、粉の目薬をつけると、女房はくすぐったくて我慢しきれずに一発プーとやった。瞬間、付けた粉の目薬が飛び散って男の目に。
 「なるほどこうやってさすのか。」


YouTube 小朝の目薬は面白い。
「目薬」 春風亭小朝


【憎まれっ子世にはばかる】(江戸)


 「にくまれ子」ってどんな子だろうかと考えてみると時代とともに「にくまれ子」のイメージが変わっていくようだ。


 江戸時代の憎まれっ子は体力的にも能力的にも優れていて子ども集団の中のリーダーになるような子どもであった。
 時代が代わって明治、大正、昭和の時代は江戸時代のイメージを引き受けて、「腕白」「がき大将」と手の付けられない「悪(わる)」ではあったが、将来的には出世するタイプの要素を持っていた。


 昭和の終わりから平成にかけて、腕白やがき大将から集団で憎まれることをする愚連隊や暴走族に変身していった。
「いじめ」「おれおれ詐欺」などは現代の憎まれっ子の代表的な存在ではなかろうか。


 政界のボスを見ると憎まれっ子の変遷と類似しているところがある。
腕白型の昔気質のボス。集団いじめ型ボス。オレオレ詐欺的ボス。がき大将的なボス。
社会を堂々と引っ張っていく腕白型ボス、能力と体力の充実したボスの出現を少しだけ期待している。


いろはかるた噺考 3  「は」

【 針の穴から天をのぞく 】(上方)


 目的を達成するための手段の違いを話題にしている。人で言うならば器量の違いを言っている。現在は、視野が狭いことに使われている。


 この諺は古い時代の中国からの輸入である。


 出典は春秋時代の荘子(そうし)の書物荘子(そうじ)で「管を用いて天を窺がう。(かんをもちいててんをうかがう)」による。


 「子は乃ち規規然として、之を求むるに察を以てし、之を索むるに弁を以てす。是直管を用いて天を闚い、錐を用いて地を指すなり。亦た小ならずや。」
(しは、すなわちききぜんとして、これをもとむるにさつをもってし、これをもとむるにべんをもってす。これただかんをもちいててんをうかがい、きりをもちいてちをさすなり。またしょうならずや。)


参考 子=あなた。 規規然=こせこせしたさま。察=推察。弁=弁論
   用錐指地=錐(きり)で地を突きさしてその深さを測る。


 多くの古人が引用している。


『日本国現報善悪霊異記』(にほんこくげんほうぜんあくりょういき)は、
平安時代初期に書かれ、伝承された最古の説話集で『日本霊異記』と略し
て呼ぶことが多い。著者の景戒が引用して、その後、特に江戸期の書物に
引用の例が多い。


 政治、特に外交の目的達成の手段・方法に間違いはないのか。また、当事者の器量はこれでよいのかなどを考えるうえで参考になる諺である。


【 花より団子 】(江戸)


 花より団子を考える時に、アメリカの心理学者(マズロー1908年
~1970年)の 「欲求5段階説」人間は自己実現に向かって絶えず成
長する。


 1 生理的欲求 2 安全の欲求 3 所属と愛の欲求 4 証人の欲求 5 自己実現の欲求


 ずばり、花より団子は生理的欲求の基本中の基本、食欲と性欲である。


 世の中が不景気になると先ず花屋が潰れ次に本屋が立ちいかなくなるようである。
 そんな時に繁昌するのが食堂や居酒屋やカフエで先ずは食い気である。


 江戸の庶民はもとより、武士の中でも下級武士は花より団子の生活が現実であった。
 そのような時代背景をもとに井原西鶴や近松門左衛門が文芸の面から人間の基本的な欲求を取り上げて、特に「性」の問題に人々の目を向けた。


 芭蕉の俳諧の世界は少し違った所属と承認の欲求と自己実現の欲求に向かって行った。


 現在の憲法改正問題は、1 生理的欲求 2 安全の欲求 3 所属と愛の欲求 4 証人の欲求 もそれなりに達成した人の 5 自己実現の欲求の生き様であろう。


 花より団子が満たされていない国民にとってはどんなものであろう。


つぶやき 152   談 笑(ダンショウ)ネ

                       作詞  藤 正吾  作曲 不詳


1 歌を歌って  踊って笑い  声をからしてネ


    孫の守    ダンショウネ


2 子育てするのは   日本に決めた  学校給食ネ


    世界一    ダンショウネ


3 憲法違反は   朝飯前よ   解釈変えてネ


    昼飯だ    ダンショウネ


4 脇が甘いと   世間は言うが   脇の甘さがネ


    魅力です   ダンショウネ


5 人生気晴らし   あれこれやって   三日坊主でネ


    暇潰す    ダンショウネ



 車の中やお風呂の中で自分勝手に節をつけて歌っています。
 鶴田浩二のダンチョネ節でうたったり、よさこい節で歌ったりしています。
 人生の応援歌にしています。



つぶやき 151  雇用水増し、違法行為ない

 「赤信号みんなで渡れば怖くない。」から、
 「赤信号みんなで渡れば違法でない。」に進化。


「厚労省は、道義的責任はあるが、処分に値する違法行為はなかった。」として処分を見送る方針である。


 水増し数値を計上してもそれは違法ではなく道義的問題であると。


 障碍者手帳の期限切れ、退職者の現職扱い、近視の人を含める。などがあったが故意性はなかった。
 これを故意性と言わずに何というのであろうか。故意性は違法ではなく道義的問題であるとはどういうことか。理解に苦しむ。


「法定雇用率を達成できないと、従業員100人を超える事業主の場合、1人不足するごとに原則月額5万円を国に納めなければならない。」と民間企業を締め付けながら官公庁の8割以上が雇用水増しをやっている。


 障害者や高齢者に対する無関心を通り越した差別意識さえ感じてしまう。


 怖い時代がやってきたのか、もともとあった怖い時代の不正が明るみに出は始めたのか。戦時中の大本営発表(権力を持つ側が一方的に流す、自らに都合の良い情報)を思い出してしまう。
 大本営=戦時または事変の際に設置された、天皇に直属する最高の統帥機関。1893年(明治26)に制定。第二次大戦後廃止。


 水増しも、改竄も、隠ぺいも8割以上の機関や人がやっていれば「違法性はなくなり。」道義的問題として処理されるようになる。


 そんな世の中でいいのかなあ。怖いですね。




江戸川柳 色は匂へ  「し」の4 字 5 汐干 6 敷居

4 字


  よめぬ字を何(なに)といふ字によんで置き  これでいこう。


  串といふ字を蒲焼と無筆よみ         味があるな。


  林といふ字拍子木とよみもよみ        頭いい。


5 汐 干

  品川に不二の影なき汐干狩       春霞で富士山が見えん。


  ぱらりっと汐干は人をまいたやう    どれぐらい取れました。


  汐干には舟の無いのが先キへにげ    ぼつぼつ、満ちてくるぞー。


  二三日汐干で鍋がやかましい      今夜もあさりか。うまい。


6 敷 居

  高い敷居を弐三寸酒が下げ       酒の勢いでもなけりゃなあ。


  高い敷居の踏台に母がなり       母さんには頭が上がらないよ。