yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはかるた噺考 6  「へ」

【下手の長談義】(上方)


「はなはだ簡単ではありますが、これを持ちまして私の挨拶といたします。」こんな挨拶に何度であったことであろうか。 少しも簡単であったためしはない。


 いつの時代でも何かをもって国民をコントロールしようと政権担当者は一工夫する。
 江戸時代は「仏教と儒教」によって民衆の思想統制をやっていった。おまけにキリシタンという敵視するべき目標を設定して思想統制の効率を上げた。


 そのための広告塔に僧侶を利用した。そういう僧侶を「談義僧」(だんぎそう)と言った。大方の談義僧は話し上手で、面白おかしく巧みな話術で情報活動の先兵になって普及活動に一役買った。


 権力に近づいた寺院や僧侶はやがて堕落の道をひた走り、修行を忘れた談義僧は生活が乱れ、話は下手になっていく。


 そのような社会現象をやんわりと批判したのが「下手の長談義」である。


 談義僧は後の講釈師の元祖と言われ、講談や落語の世界に取り入れられていった。


 現代の民衆のコントロールは何をもってしているのであろうか。
「進学コントロール」「就職コントロール」「立身出世コントロール」「金銭コントロール」「スポーツコントロール」といろいろと手はあるが。今、私たちは何にコントロールされているのだろう。


 仏教や儒教には、もうその力はないと思うのだが。・・・そうでもないのかな。



【屁をひって尻つぼめる】(江戸)


  出たものはどうしようもない。いくら尻をつぼめても後の祭り。


 事後処理の仕方が面白い。
「おれの屁、音は大きいけど匂いはねえだろう。」 豪 快。
「あなた気を付けてね。」「はい。」 何でも引き受ける亭主。惚れてるんだ。
「屁をひっても一人。」       笑う人がいない。孤独感があるね。
 顔を赤くしてその場から立ち去る。 可愛いね。


 江戸時代も後半に入ると退廃ムードが広がる中で、事後処理も「隠ぺい」改竄」とごまかして事後処理をしていく。現在のある状況とよく似ている現象を「屁をひって尻つぼめる」と笑いに込めて批判をしたのかも。






教育の基本 41  ほめることも叱ることも難しい

「おばあちゃん、それはだめだよ。ママが赤鬼になっておこっている時は、パパは青鬼になっていっしょにおこるのよ。」


 姪の娘が母親に叱られてどう対応してよいかわからず悩んでいる時に祖母が「お父さんに相談したら。」と助言をしたときの孫の反応である。


 じいちゃん、ばあちゃんと同居している夫婦の子育てはまた少し違った意味で難しいところがある。


 老若男女を問わず、子どもであろうとおとなであろうと、病気や障害を持っている人であろうと「接し方の基本」はみな同じである。
 「褒めることも叱ることも」その寄って起こる事実を正しく素直に受け止め、どう対応すればよいかを学習させることである。
 褒めるに値する行為を認める。叱るに値する行為を叱り次に自分が取るべき対応を学習させる。
 その時に注意すべきことは、優越感を持つような褒め方や劣等感を持たせるような叱り方をしてはいけない。


 褒めること叱ることを通して、自信をもって生活していく態度を養う。


 特に叱ることによって、敵意、恐れ、不安、欲求不満、劣等感が残ることが多いので要注意。言い分をよく聞いて叱り、叱って許し、叱って認める態度が安定感と受容されている自分を自覚する。


 正当な励ましのある評価が子どもを勇気づけやる気を起こさせる。


 「あなたの言葉遣いが悪かったのね。そのことをママに言って、ごめんなさいと謝るといいよ。」
 早速、母親に謝って心がすっきりしたようである。
 「謝ることは大切なことだから、これからも勇気を出してごめんなさいと謝るといいね。」と、母親の言葉で一件落着。


 小集団のリーダーも集団を引っ張っていくのに「褒め方と叱り方の基本」が重要になる。人を動かす難しさをつくづくと感じる。


 教育の基本へ



いろはかるた噺考 5  「ほ」

【仏の顔も三度】(上方)


 人間のような仏様ですな。仏の顔は無限度。仏は何度、同じことを繰り返しても受け入れてくれる。仏の慈悲は無限度です。二度までは大目に見よう。三度目は許さないぞ。


 仏をだしに使った人間の浅知恵で、自分を仏になぞらえて人間のがめつさを隠す戦法で「脅し文句」に「三度目はダメだぞ」と使い始めたのであろう。


 江戸時代になると経済活動が活発になり利潤追求型の社会へと変貌してきた。
 その結果、「みな色と金じゃとゑんま帳を繰り」と、地獄の沙汰も金次第の価値観で行動する人が増えはじめた。
 それと並行して、伝統と習慣が都会の享楽に飲み込まれて仏教や信仰の伝統と習慣までが崩れ始めた時代である。


 更に崩れて、世界中が金、金、金の社会へと突っ走る。


すねをかじりに  日参すれば  金のなる木がネ
  ゴーン ゴンと  ダンチョネ



【骨折り損のくたびれ儲け】(江戸)


 上方では「しんどが利」しんどいのが利益という。利としてしんどさだけが残る。
「骨折りのしんどい仕事」はその中に体験の知恵として多くのものを学習させてくれるのだが、なかなか凡人には理解しがたい。


 江戸時代の庶民の生活は、骨を折るほどの仕事をしても利益にならなかったのであろう。利益追求型の環境では「利」にならないことはすべて「徒労・無駄」として処理される。
 今、奉仕活動を無償奉仕として定着させようとしているが、政治や利益追求型の人たちにうまく利用される可能性がある。悲しいことである。




つぶやき 154  夏祭り 団長(ダンチョウ)ネ

 つい先日地元のデパートの帰りに、駐車場からデパートの入り口の方へ歩いてきた60年前の青年団長に出会った。
 もう86歳になったはずだが10歳は若く見える。矍鑠(かくしゃく)とした先輩の姿に触れて82歳の私は10歳ほど若返ったようである。


 戦後、日本各地に青年団が結成されて、地域の婦人会や老人会、そして子供会などと協力して地域の諸行事を引っ張ってきた。その中心的存在が「青年団長」であった。


 我が地区の青年団長は誰もが認めるイケメンで地区を超えて女性の憧れの的であった。しかし、浮いた噂もなく生真面目に地域のリーダーとして頑張った。若者の姿が生き生きと社会に反映された良き時代であった。


 1 潮の匂いに  涙がにじむ  故郷元気ネ 
     夏祭り  ダンチョウネ


 2 孫よ戦え  ブラック企業  百倍返しでネ 
     立ちあがれ  ダンチョウネ


 3 あれやこれやと  しっかり脅し  後は保険をネ 
     勧めます   ダンチョウネ


 4 政治主導と  言ってはみたが  俺の頭じゃネ
     どもならん  ダンチョウネ


 5 オリンピックが  東京に決まり  取らぬ狸のネ
     夢を見る   ダンチョウネ


 青年団、婦人会、子ども会、老人会などと小集団が頑張っていた時代は、連帯感の中でコミュニティが生きていた。




 教育の基本  遊行ライフ

つぶやき 153  しっぽ斬る 断腸(ダンチョウ)ネ

                                       作詞  藤 正吾  作曲 不詳


1 採用試験を 7度も受けた 八起できずにネ
    苦労する   ダンチョウネ


2 国の負担で 東電救い  あとは料金ネ
    上げまする  ダンチョウネ


3 アベノミクスで  デフレを抑え  物価あがってネ
    年金さげ   ダンチョウネ


4 どこもここも   不祥事だらけ  日本全国ネ
    頭下げ    ダンチョウネ


5 強制起訴で  裁判おこし  無罪無罪でネ
    しっぽ斬る  ダンチョウネ


参考 断腸=子を失い悲しみのあまり死んだ母猿の腸が細かくちぎれていたという故事から、腸がちぎれるほど悲しいこと。悲しみに耐えないこと。


 かなり若い時に鶴田浩二のダンチョネ節を聞いてより「ダンチョネ節」のフアンになってしまった。それから「ダンチョネ」のつく歌はほとんど聞いてみた。
 やはり、あの哀調のある鶴田浩二のダンチョネ節が一番だね。近頃、中条きよしの「ダンチョネ子守歌」を聞いている。どうしようもない男と女の一度きりの人生をつくづくと感じている。


YouTube  鶴田浩二のダンチョネ節 いいねえ
ダンチョネ節
中条きよしのダンチョネ子守歌  なけるね
ダンチョネ子守唄/中条 きよし cover 繕有