yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはカルタ 「る」 江戸と上方

    瑠璃も玻璃も照らせば光る(江戸)
                         途中で・・・「みがけば光る」に変化

『物は違うが、光を受ければともに輝く。』
「照らせば光る」から「磨けば光る」どうして変化したのだろうか。時代の流れの中で人間の生き方が受動的から能動的に変わった時代を映し出しているのではなかろうか。


「瑠璃や玻璃」を客体とみなすか、主体とみなすかで「照らせばと磨けば」の表現に変化が起こる。
   照らされて物体は初めて光る。光が当たらないと物体は光らない。例え光が当たっても磨かれているかどうかでその光り方が異なってくる。


 人は一生のうちに何度かチャンスが訪れる。しかし、精神を磨いていなければ訪れたチャンスをチャンスとして受け止めることはできない。


    類を以って集まる(上方)

〖類は友を呼ぶ。同じ傾向をもった者どうしは自然と集まる。〗


 政党をはじめ小さなグループに至るまで、よくもまあ似たような傾向を持った者が集まるものだ。
 「馬が合う」という言葉をよく耳にするが、馬の合うものが集まれば居り心地のよい仲良し集団になること確かである。
 しかし、異質なものを排除していては組織の発展は困難になるし、やがて日本国家の衰退滅亡につながっていくだろう。
 とは言うものの異質なものは排除したくなるのも人情で、せめて小さなグループぐらいはそれに越したことはない。ただ、公的な組織においては仲良し集団では真の発展や改革はできない。身近な集団を見てもそのことが分かるし、大きくは政治の世界を見ると一目瞭然の事実である。


                           俺とおまえは   一浪仲間
                            遊びほうけてネ  さくら散る  ダンチョネ



いろはカルタ 「ぬ」 江戸と上方

    盗人の昼ね(江戸)

『盗人が夜かせぎのために昼寝をすることから、何気ないふりをして、その実目的があるのにいう。』


「盗人のたけだけしきは袴着る」平安人もうまいことを言う。
「盗人と智者の相は同じと云えり」まさに至言である。
盗人の昼寝などは、今は昔の語り草。現代は「盗人の開き直り」といった方が納得される人が多いのではなかろうか。


昼寝をするような盗人はたかが知れた小悪人、今は白昼堂々の盗みを仕事として、問題になると「国民のため」私は権力と闘うと。
国民のためなどと口が裂けても言って欲しくないな。「極一部の国民のため」と正確に言って欲しいものだ。


    糠に釘(上方)

〖豆腐に鎹に同じ(上方)
いかに意見を加えても、少しもそのかいのないこと。〗


人は他人から少々な意見をされたぐらいで変わるようなことはない。変わるどころか、反発をすることの方が多い。


  九州、特に福岡県における飲酒運転による事故は後絶たない。この傾向は全国的な問題であるが、福岡県が特別話題になるのは公務員による飲酒運転の違反がよく摘発されることによる。


 糠に釘の代表格が「酒」で次いで、「男と女」、「パチンコ」、「競馬競輪」「金銭にまつわる汚職」と続いていく。
 これらの原因は、快感ホルモンが脳から出るということで一つの病気となってしまうようだ。いったん堕ち込んでしまった場合はどのようにしてそれから脱出するか、軽度の場合は周囲の協力と本人の努力で解決できるが、重症になった場合は専門医の治療が必要になってしまう。
 そうなる前に生活習慣の改善を心がけ、正常な日常生活を志すことが基本である。



つぶやき4  落語と社会教育

 江戸時代の噺家は、さしずめ現代の社会教育主事ある。


 「あの野郎、字なんぞ読みやがって、ふてえ野郎だ」なんていう時代にあって、人間関係のあり方や新しいものの見方、考え方を啓発していった。当時の噺家がそれを意識したかどうかは知らないが古典落語に接すると何かそんな気がする。


『落語は民衆の中から生まれ、民衆によって育てられ、民衆の生活と共に今日もなお盛んな芸術である。落語は封建時代の末に発生して、次の時代<資本主義社会>を指向している。そして、未来の社会を、どう築いたらいいかということを示唆している』(加太こうじ)と、同感である。


 落語は新しい時代に向かって突進しており、下からの要求にこたえて、新しい生き方を打ち出している。恋愛の自由、親子関係、金銭、職業、身分、女性、道徳、等々と。
  以上のような意味で、現代に耐える、新しい時代を志向する新作落語が現れているか発見していきたい。
  そうはいうものの落語は面白ければいいのかも。



コント9 神様、仏様、安男様

 安男は無神論者であった。


 今年3月に満60歳の定年退職をして、悠々自適の年金生活に入った。三歳年下の妻、哲子もいたって健康で、長男夫婦に二人の孫、娘夫婦に一人の孫、計三人の孫に恵まれて順風満帆の生活を送っていた。


 安男は根っからの無神論者で神も仏もその存在を信じていなかった。神社に行ってもお寺に行っても手を合わせることも願い事を唱えることもなく、ただぼうっとその場に立って眺めているだけであった。


 ただ、その場に居るだけで心も体も自然に落ち着くことは確かであった。
そんなある日突然安男は便秘の症状で苦しみ始めた。


 「ばかな、今までにウンコが出ないことなんてあったか」
生まれてこの方、便秘などまったく経験がなく考えたこともなかった。
 無神論者の安男は、便座に座るたびにウンコが出ないことがどれほど苦しいことかを思い知るのであった。


 この苦しさに耐えかねて、ある日安男は便座に座って自然に手を合わせた。
 「神様、仏様お願いします。どうかウンコを素直に体の外に出してください」
 便座に座って今の今まで不安でかちかちに硬直していた体から、スーッと力が抜けていき嘘のように安心の境地に達した。
 「どうしたことだ。これはどうしたことだ」


 安男は、また手を合わせて、今度は前よりももっと心を込めて、前よりも少しはっきりとした声で
「神様、仏様、お願いします。ウンコを体の外に出してください」
 すると力の抜けた体のお腹の腸の辺りがぐるぐると動くのを感じた。


 安男は涙を流しながら
 「神様、仏様ありがとうございます。ありがとうございます」
 なんということだ。久しく感じたことのない腸の動きが活発になり、心地よい太さと硬さのウンコが静に体外に排出されていくのを実感した。
 なんと清清しい気分だ。それからは便座に座るたびに合掌して「神様、仏様、どうかウンコを素直に体の外に出してください。お願いします」と唱えるようになった。


 それ以来、安男はウンコの神様仏様を信じるようになったが、だからといって、信心深い信者になったとは思っていなかった。あいかわらず自分は無神論者だと思っていた。


 ただただ、ウンコの神様仏様に手を合わせると便秘が解消することだけは実感として確信できた。
 便座に座って手を合わせ、呪文を唱えている姿は外から見れば異様に映るだろう。しかし、本人にとってはいたってまじめで真剣そのものである。もっとも、便座に座って呪文を唱えている光景など外から客観的に見ることはまずなかろうが。


 安男はまわりに便秘の人がいると自分の体験を話したくて、話したくてついつい自分の経験した一部始終を話してしまうのであった。


 しかし、この話を聞いた便秘の人は笑って誰も安男の話を信じようとしないばかりか、ばかばかしい話として一笑に付した。
 それでもあまりにも便秘がひどく、クスリの効果もなくなるとついばかばかしいと一笑に付したあのことを試してみると不思議なことに多くの人が便秘を解消して清清しい一日をおくることができるようになるのであった。


 そのうちに誰言うともなく、「神様、仏様、安男様」と、安男の名前が付け加えられて唱えられるようになった。うわさはうわさを呼んで、安男の名前は有名になっていった。


 ただ一人、妻の哲子だけはこのことを信じていなかった。
 「ばかな」とつぶやくのである。


 しかし、その妻の哲子にも今までに経験したことのない強烈な便秘に襲われたのである。論理的で冷静な哲子は、先ず、掛かりつけの病院に行って主治医の鈴木医師の診断を受け、食生活と運動を見直すことにした。鈴木先生の食生活も運動も現在の生活で十分であることが分かり、取りあえず便秘の薬を処方してもらった。


 食生活では、今までよりも少しだけヨーグルトの量を増やし、努めて植物繊維を取るように心がけた。病院に行った日の午後と夕食後のクスリが効いて次の日は以前と同じように便秘は解消し、快調な生活に戻った。


 哲子は、生活習慣とクスリが便秘を解消することを確信した。


 安男の所には、年金生活者の60代の男女が多く相談に来ていた。その度に妻の哲子はお茶を入れ相談者の話し相手をするのであった。
 「私もつい最近便秘になりかかってね。鈴木医院でクスリを貰ってすぐに解決しました」
 「そうですか。私も初めのうちはクスリで便秘は解消していたのですが、3年目頃からクスリが効かなくなりましてね。クスリを変えたり、食事を見直したり、運動を取り入れたりしましたが65歳を過ぎてから、便秘が益々ひどくなりましてね」


 そんな話をしながら、便秘仲間がだんだんと増えていき、小集団ができて人間関係の輪が広がりそれなりに楽しい情報交換ができるようになった。
 安男は便秘仲間では信頼も厚く、神様、仏様、安男様という位置を確かなものにしていた。


 安男は、哲子の経験から先ずは医者を紹介して、食生活や運動、それにどうしてもというときはクスリをと手順を踏んで情報を提供していた。


 65歳を過ぎるころから、人の体は変化して今まで効いていたクスリも効かなくなる時があることを発見した。
 クスリをおおく飲むと下痢状の便が続きやめると便秘と言う人が結構多くいた。そんな時に安男は自分の経験を話すのであった。自分には効果があったが人それぞれですから、効果のほどは分かりません。


 安男からその話を聞いた人はみんな、安男と同じことをやってみるのであった。ただ一つだけ違うことは、「安男様」と言う言葉が付け加えられるのである
「神様、仏様、安男様、お願いします。どうかウンコを素直に体の外に出してください」と手を合わせるのであった。


 安男の家はサロン便秘と言う雰囲気で毎日を多くの同病者が集まってウンコの話で大賑わいであった。妻の哲子もこの雰囲気と人間関係は心が休まり好きであった。参加者がそれぞれにお茶やコーヒーやお茶菓子を持参するのでいつも応接間の隅に置いてある棚の中は飲み物と茶菓子で一杯であった。たまに哲子が手作りのケーキを焼いてコーヒーを入れるのであった。


 便秘の話はだんだんと広がり、県外からも安男の家を訪れる人が増えた。平穏無事にウンコの話であっという間に10年の月日が過ぎて、安男は古希を迎え、妻の哲子も67歳を迎えた。


 変化と言えば、近頃大便の後にいつしか「色よし、型よし、太さよし」と言うようになっていた。安男は快便、快腸の日々を送っていた。


 今日もいつもと同じようにトイレをすませ、新聞に目を通して、来客に備えて部屋の片づけをしようと応接間の横のトイレに差し掛かったとき、トイレの中からブツブツと何かを称えるような声が聞こえた。妻の哲子の声であった。少しだけ聞き取れた内容は「・・・安男様、お願いします。」しばらくたって「こんなバカなことが、不思議だ」


 安男はトイレの前を通り過ぎて応接間のソフハーに腰を下ろして肩の力を抜いて一息いれた。その時、哲子が応接間のドアを開けた。背筋を真っ直ぐに伸ばし、さわやかなすっきりとした顔で中に入ってきた。


「今日も忙しくなりますね」と、哲子はいそいそと応接間の掃除を始めた哲子の手作りのケーキとお茶でウンコの話が盛り上がることであろう。


「色よし、型よし、太さよし」と安男は腹の中で繰り返し快便、快腸の笑みを湛えて哲子を迎えた。



いろはカルタ 「り」 江戸と上方

       律義者の子沢山(江戸)

 『律義者は遊蕩にふけることもないので、自然こどもも多く生れる。』


 いろはかるたの中でも、律義者の子沢山は現代人には理解しにくいものの代表格になったようである。
 第一に「律義者」というイメージが現代人には想像しにくい。「まじめ人間」と言いかえても、少し意味がちがう。
 「子沢山」というのもめずらしくなった。「貧乏人の子沢山」という社会現象の方がまだぴんとくる。


  しかし、これも本当は、子沢山の貧乏人と言った方がいいのかもしれない。労働者にとって、二人の子どもを育てあげるのは現在では大変なことである。


    綸言(リんげん)汗のごとし(上方)


〖(礼記)(漢書)天子のことばの取り消し難いこと、出た汗がもとにかえらないのにたとえる。〗


 なんとなんと、政治家や組織のリーダーの失言の多いことに驚いている。今しゃべったことを数時間後に取り消したり、訂正したりと大忙しである。
 上に立つ人は、往々にして権力を持ったと勘違いをして「思い上がった発言」が命取りになることがある。
 一般庶民とかけ離れた生活をしているのであらゆることについてその価値観がまるで違う。特に金銭感覚などは一般庶民とは大きくかけ離れている。億単位での金の動きが当たり前と思っている。だから数千万円の金など意識の中にない。
 かなりの人数の歴代内閣総理大臣をみてきたが矍鑠とした心に残るリーダーはそうはいない。しいて言えば、中曽根康弘内閣総理大臣が一番に頭に浮かぶ。本当の姿は分からないが、公的な報道を通してみる限り好印象で心に残る一人である。今も(平成26年)92歳で矍鑠とした対応をしているのが頼もしい。