yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはカルタ 「れ」 江戸と上方

    良薬は口に苦し(江戸)


『病気によく効く薬は口に苦くて飲みにくいように身のためになる。忠言は聞いていて愉快なものではない。』


 苦い薬は昔の話。今は、匂いも味もない抵抗のほとんどないよく効く薬が出回っている。
 小児用の薬には、甘い薬もあり、こどもがクスリクスリと要求することさえある。いいことなのか困ったことなのかわからない。
 薬と同じように「忠言」も甘いものになって、厳しい苦言など素直に聞く人間のほうが少数派になってしまった。
 子どもを叱ることができない。部下を叱ることができない親や上司で社会は大きく変化してきた。
 ほめ育てることが時代の主流になってきた。基本的には間違いではない。しかし、叱られる経験がなくなるとなまくらの生きる力の欠如した人間ばかりになって社会がやがて衰退していくだろう。


  れん木で腹を切る(上方)


【連木はすりこぎのこと、試みても成し遂げられないこと。】


 素人が考えても到底成し遂げられないようなことを堂同と言って国民をだましていく手口は政治家だけのものではない。
そのよい例が、福島第一建屋の汚線染水遮断の「氷の壁」である。ドライアイスの効果なく氷の壁断念を検討。
 南極大陸の氷が溶けて海面が上昇している温暖化の中で日本の地下に「氷の壁」を人工的に作るという発想を聞いたとき素人の私でさえ無理な話だと思ってしまった。
専門家の意見でも氷の壁は当初から凍結しないであろうと指摘されていながらやってしまう。やることなすこと十分な検討もなく遠慮なく国民の税金を使ってしまう体質が政治家や企業の幹部にある。
 かなりハードルの高い目標を掲げて、それに向かって邁進していく生き方は当然のことで高い目標や理想がなければ人は頑張りようがない。
 身近なことで国民の税金を無駄に使って効果のないことをやっている例があまりにも多い。


つぶやき9  落語 精神衛生

    理屈抜きに「笑う」ことは健康によい。封建時代の自分ではどうすることもできないモラルや掟の中で、民衆が「笑い」を求めて、よせに集まってきたのであろう。


   抑圧された心を解放し、大脳前頭葉や自律神経によい影響を与え、鬱屈した気分から逃れて、また、明日から頑張るぞという意欲がわいてくる。


   難しい仕事をしている人ほど落語に親しみ精神衛生を行えば、仕事の能率も上がるし、長生きもする。特に、教育者には落語に親しんでもらいたい。学究生活の中に、ユーモアとウイットとペーソスを取り入れ温かい人間味のある師弟関係を醸し出し豊かな学校生活を展開して欲しいものである。
「笑い」は人間関係を良くすること間違いなし。


 今、生きている血の通った人物を描きながら、来るべき社会や生き方を追求していく新しいモラルを提言するような新作落語が出てきて欲しいものである。


 近頃、腹の底から笑えない自分を発見する。歳を取りすぎた性なのか、社会が笑えないような社会に変質したのであろうか。
   屈託なく大声を出して笑える世間であり、いくら歳を取っても笑いのある生き方ができる自分でありたい。



コント14 アンドレモジン

 木々の葉も色変わり、公園のそこここに落葉の吹きだまりが、音をたて移動し、赤く咲き残るサルビアの花にも、さみしさと人恋しさを感じる季節。
 公職を退いて、早、半年が過ぎ、今では唯一の日課が、こうやって、夕食前の一時、郊外を散策し、公園のベンチで一服することになってしまった。


 現職当時は、退職して自由になったら、あれもしよう、これもしようと思いめぐらしたものだが、いざその環境になってみると、人間が生きていくのに必要な最小限度のことしかやろうとしなくなり、日が経つに従って、それさえもおっくうになってくる。
 彼は今日もいつもと同じように海と山の見える公園のベンチに腰をおろし、タバコに火をつけた。
 景色を眺めるわけでも、人間を観察するわけでも、瞑想にふけるわけでもなく。ただそこに腰をおろす。


 彼がそこに居ようが居まいが、社会とは何等関係がない如く無意味に存在している。落日が山の端にかかり、西の方から徐々に影が広がって来た。心もとない西日がかすかに公園を照らし、人影はなくなり、彼の影だけが長く動いていた。
 突然、背後から声をかけられて、彼はぎくっとした。振り返ると、彼よりもずっと立派そうに見える紳士がそこに立っていた。


 目が美しく力強く輝き、ことば使いが鄭重で礼儀正しい態度が、彼に好感を持たせた。紳士は一瞥すると彼の横に腰をおろした。


 「あなた、私は人の性格を自由に変えることのできる物質を造りましたよ」
「永久的に、ですか」と、彼はたずねた。
「いいえ、一時的なものですが、そうですね。三日聞ぐらいは効果がありますね。しかし、蓄積していけば半永久的な効果はでると思いますよ」
「副作用とか」
「まったく心配いりません。あなた、現代の社会では、どれだけ多くの人々が性格的な問題で悩んでいるか知れません。社会的にだって、性格傾向によって引き起こされる問題が山ほどあります。非行少年の問題、夫婦間の問題、外交問題等、多く人間関係の中から誘発される問題には、それぞれの人間の性格的傾向が何等かの形において影響しておりますからね。
 その人が持つ性格傾向をさじかげんひとつで強めたり弱めたりすることによって、攻撃型の人間は従順型の人間に、従順型の人間は攻撃型の人間として変革するわけです」
 「私のように年を取り、無気力になり、ひっこみ思案になった人間も変えることができますか」
 「ええ、勿論、活気を取りもどし、積極的になり、生きていることに喜びを感じるようになります。私を見て下さい。七十代に見えますか」
 「実験例はありますか」
 「ええ、私の家でも、世間でよくある嫁と姑の仲が悪かったのですが、家内にはアンドレモジンプラスAを嫁にはアンドレモジンマイナスKを秘密裡に食事に混ぜて投与しましたところ効果てき面で、現在ではしごく円満で近所の模範ですよ」
 「それだけの実験ですか」
 「とんでもない。昨年の春闘の時でしたよ、ある会社の経営者が相談に見えまして、それから、私が組合の幹部の性格傾向を調査し、物質の調合をしました。なかなか、個人差があるものですから、投与するまでに時間がかかりましたが、円くおさまり、その後、労使の問題はないと聞いております。それから、学校の先生も見えましてね。性格異常児の問題だったのですが、これなどはごく簡単に治癒しました。まだ、数え切れない程の実験例があります」
 「失礼ですが、私にそのクスリをわけてくれませんか」
 「結構です。二、三日内に性格傾向テストをして、クスリを調合しましよう。あなたを最後の実験例にします。来年はプルテルニアで行われる世界医学会に論文を発表しようと思っております。今日もこれから、論文の整理ですよ、また明日お会いしましよう」


 老紳士はもうすっかり暗くなった公園の森の中へと姿を消した。
 極細のカーデガンをすかして吹きぬける晩秋の風は冷めたい。しかし、アンドレモジンの話にほてった顔には心地良い冷風であった。彼はベンチから腰をあげて路地に出た。
 彼の横に乗用車が静かにすべりより、ヘツドライトを消し、警笛を鳴らした。ふりむくと助手席から男が頭を突き出して声をかけた
 「六十前後の一見紳士風の男を見かけなかったでしょうか」
 「見ましたが、どうかしましたか」
 「精神病院からいなくなりましてね、危険はないんですが」
 アンドレモジンを造るまでもなく、我々はもうすでに、現代の科学文明の中で、アンドレモジン以上の薬物によって性格を変えられているのではないかしらとふと思うのであるアンドレモジンが世に公表されるのも時間の問題である。



いろはカルタ 「た」 江戸と上方

    旅は道づれ世は情け(江戸)


『旅は道連れのあるのが心頼もしく、世の中は互いの情け心で楽しく暮らせる。』


「ラブイズオーバー悲しいけれど終わりにしよう。きりがないから」
と、懐かしい歌が流れている。
 知人の中に自分一人で大きくなり、自分一人で生きているような言動をする男がいる。


 旅の道連れの楽しさも、人の情けも受け止めることができず不平不満や他人の批判に明け暮れている。
 会えば、自分の自慢話で人の話に耳を傾けない。どんな精神状態か理解することが難しい。
 一種の病気なのかも、被害妄想の気があるのかもしれない。と考えると納得できることが多い。


 旅の道連れと世の情けを素直に受け入れ楽しく生きていくといいのに、どうしようもない。



    立て板に水(上方)

〖弁舌が流れるようにさわやかでよどみのないこと。〗


 弁舌さわやかな政治家や官僚は詐欺師を連想してダメだな。
 仕事柄と時と場で弁舌さやわかに行くか。とつとつとしゃべるか。どちらにしても本音をごまかしてのおしゃべりは直ぐに伝わってくるものである。


 立て板に水のおしゃべりで気持ちの良いのが寅さんの口上とジャパネット高田の社長のおしゃべりである。
 結構けだらけネコ灰だらけ、お尻の周りはくそだらけで始まる露天商の口上は商品の良し悪しは抜きにして面白く愉快である。


   ジャパネット高田の社長の口上もとても気持ちの良いものである。だからあれほどの売り上げを維持して順調よく会社を大きくしていった。
  
しかし、政治家がこれをやっちゃあおしまいよ。寅さんの口上もジャパネット高田の口上も適材適所の口上である。


江戸川柳 色は匂へ 「に」 二むらい

    いい妹もって二むらい様になり


<落語   妾馬> 妹が器量よしだったおかげで、大名赤井御門守の目に留まり、妹のおつるが側室に上がって、更に世継ぎの生母となる。兄の八五郎が屋敷へ招かれてお上の御意にかない士分に取り立てられ岩田杢左衛門蟹成となる。
   江戸も終わりに近づくと、「色と金」で士分が自由になったようである。
長屋の八五郎、サムライに取り立てられても心得も教養もとてもとてもサムライには程遠い。そういう俄侍のことを江戸の庶民は侮って二むらいといった。
   しかし、当の八五郎は大得意で長屋じゅうをかき乱すことになる。


           兄にて候者へ大小をねだり
           ある夜のむつごとに親へ五人扶持


                   孝行娘が多かったようである。