yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはカルタ 「お」 江戸と上方

 鬼に金棒 (江戸)

『鬼にかなぼうを持たせると、強い上にいっそう強くなって手出しができないこと。』


 政治家に金を持たせると手が付けられなくなる。


 遠い親戚、選挙が近づくと急に親戚付き合いが始まる。彼が県議会議員から国会議員へと変化していく様子を目の当たりに見ることができた。
 政治家の実績を重ねていくにつれて、金のほうもよく集まるようになった。
 大金を自由にできる年齢になるころからだんだんと人が変わってきた。なんといっても国民のため国のためという行動がめっきりと減って、自分のこと自分の所属する派閥のことを第一として稼ぎ始める。


 自ら身を引くということを忘れてしまうようである


 負うた子に教えられて浅瀬を渡る(上方)

【背に負った子どもに浅瀬を教えられる意で、老練家もときには未熟な者の教えを受けることがあるたとえ。】


 二歳を少し過ぎた姪の娘の感性が素晴らしい。
 少しでも味の違う物を差し出すと静かにつき返してくる。姪の娘に味見をしてもらえば間違いなしである。
 大人は時に安物買いをやってしまう。
 本当にうまいのかまずいのかを姪の娘は自分の舌で評価し判断する。大人は金額や銘柄で判断してしまうことが多い。
 レッテルで評価すことの危険性を二歳の娘に教えられる。


 教育においてはよくレッテルで人を評価してしまう危険性を持っている。
 腕白小僧の行動だけを見てその内面を見るゆとりがなく乱暴者で他人の言うことをよく聞かないなどとレッテルを張ってしまう。この評価では腕白小僧の指導はできない。
 レッテルを張らずにその子の内面を見つめることによって腕白小僧の本当の姿を発見することができる。そのとき、人間関係が成立する。




つぶやき19 いつから変わり始めたのか

 少しずつ変わっていくときは変化の姿が見えない。
 50年も経ってみると、あの時が変わりの節目だったのかと理解できる。その思い当たる節目の出来事を少し考えてみよう。


「人権」というキーワードで、学校教育における「校則」の問題が日本全国で大きな話題になった。特に、頭髪と服装の自由化である。基本的には「頭髪と服装」は個人の意思と責任で自由であるべきだと思う。
 ただその当時校則の自由化をきっかけにあらゆる規律が学校教育の手を離れ始めた。このことも基本的には賛成である。
 しかし、それには家庭教育や社会教育の受け皿が確りしていることが前提条件である。

 地域社会では、子ども会組織がなくなり。家庭では昼間、祖父母はもとより両親も共働きのために不在となる家庭が増えた。塾や習い事にいける子供は大人不在の時間をうまく乗り切れるが、学校から帰って子ども一人で過ごす人数が多くなっていくにしたがって子どもを取り巻く文化が変化してきた。
 この子どもを取り巻く文化の変化、即ち、大人たちの価値観の変化が日本の教育を変化させた一番の原因であると考える。


 公教育を変えた価値観の第一は、全国統一学力テストによる点数公開(順位付け)で教師も親も振り回されていくようになった。
 第二が、すべてのことを「金銭」に置き換えるようになったこと。
 以上の二点から子どもを取り巻く文化の変化と絡み合わせて具体的に日本の教育の変化を考えてみたい。(つづく)



江戸川柳 色は匂へ 「り」 律義

 りちぎものまじりまじりと子が出来る


 いろはカルタに律義者の子だくさんという札がある。


 まじりまじり(まじめくさって)と子が出来ると言いますが、まじめ人間ですから変な遊びもしないで家庭生活第一に全力で暮らしている。


 律義者でまじめ人間が多かった時代は少子化問題に悩まずに済んだ。いまの少子化対策の第一歩は律義者でまじめな人間を育てる教育に取り組まなければならない。まさか。


コント19  ガーネット パワーストン

 特急の寝台車の中で着物のよく似合うご婦人と同席した。珍しく寝台車は空いていてゆったりとした気分でそれでいて少しだけ華やいで心臓の動機が聞こえてくるような旅ができそうな予感がした。


 駅に着いたとき婦人は退屈そうに車窓の夜景に自分の姿を重ねて髪を手で軽くなぜた。私は何気なしに週刊誌より眼をあげて婦人を見た。婦人の着物の衿の隙間からあざやかな痣であろうかキスマークであろうか私の目に留まった。私はごく自然に婦人に尋ねた。


 「宝石ですね。それとも・・・。」
 「ええっ。」と、一瞬顔を赤らめてとまどった様子であったが、すぐに落ち着きを取り戻して、「なにに見えます?」と、あっさりと切り返されてしまった。


 私はつまらない質問をしたものだと反省したがそれはそれでごく自然であったのだと自分を納得させた。かつて見たことのない美しい色と形をしていた。


 「うつくしいですね。」
 「はっ。」
 「鮮やかな、ガーネットの宝石です。美しい。」
 「どうも。」
 「痣にまつわるエピソードが、さぞあったことでしょう。」
 「そうですね。私の半生は、いやこれからも痣抜きには考えられそうにもないですわ。」


 女性が楽しい思い出にふけっている姿は優雅な夢の世界を醸し出す。婦人もしばらくの間夢の世界をさまよってから。
 「小学校の2年生の時です。男の子にいきなり痣をつねられて、それから痣を意識するようになりましたわ。今でもあの時の感触が首筋に残っています。」
 「その男の子、好きだったんですよ。」
 「それからは痣を他人には見られまいという努力の日々でした。」
 「そういうものですかね。宝石のように美しくても、他人が少しも妙に感じていない、かえってうらやましくさえ考えるようなことでも、当人にしてみれば悩みの種であったりするんですね。」


 「学生時代はそれほどでもなかったのですが、それでも、夏は困りましたわ。特別仕立ての洋服で、自分でデザインしたブラウスを注文したりしました。海水浴の記憶はありませんの。」


 「今はどうです。悩みはありませんか。」
 「ええ、愛おしいとさえ思っています。」
 「恋人に誤解なんぞされたりしませんでしたか。」
 「ありましたわ。」


 婦人はちょっと悲しげな、でも幸せそうな顔をして頬に手を当てて当時のことを思い出していました。


 「婚約したばかりの主人と二人で登山をしたことがありました。良いお天気でした。頂上に着いたときは全身じっとりと汗ばんで、彼は上着を脱ぎ、私はブラウスのボタンを上から二つはずして、帽子で体に風を送りいれた時です。いきなり、彼が私の頬を殴ったの、私は何故殴られたのか理由が分からずただ茫然と澄み切った秋空に浮かぶ雲を眺めて涙を流しました。」


 彼は背を向けたまま震える声で呟くように言いました。
 「君はそんな女だったのか。」
 私は黙っていました。
 「首のキスマークはどうした。」
 私はその意味がよくわかりませんでした。が、首という言葉ですぐに痣のことだと分かりました。
 「これ痣よ。」と言いました。
 彼はいきなり振り向いて「ごめん。」と、優しく声をかけて、・・・


 「ごちそうさま。そして、その痣が一段と輝いたのですね。」
 「今夜はどうしたのでしょうね。おしゃべりしすぎましたわ。ごめんなさい。」
 「いえいえ、とても楽しいひと時でした。ありがとう。」


 ほんのちょっとしたきっかけから、思わぬ女の身の上話を聞いたが、人間、他人から見れば何でもないことが、本人にとっては命を左右するような重大な意味を持っていることだってあるのだ。また、自分一人で悩んでいることも他人から見れば贅沢な悩みでしかないときもある。


 私は寝台車のベットに横になったが頭がさえて眠れそうになかった。ガーネットの君はもう眠ったのであろうか。男の子につねられ、恋人に殴られた話を聞くと、彼女の少し恥ずかしい、少し悲しい、でも、とっても幸せな生活が想像された。


 これからはもうつねられることも殴られることも恐らくないだろう。ガーネットの鮮やかさが彼女の幸せのバロメータになることであろう。


 ガーネット パワーストン(1月の誕生石)真実、友愛、忠実、勝利 
「実りの象徴」「不変の愛」に幸あれと願う。


5・7・5アラカルト 俳句7

 古池や蛙飛び込む水の音   芭 蕉

 この静寂な情緒を味わう芭蕉翁は相当な富裕層の一人であったのだろう。由緒ある庭園の古色蒼然とした古い池を静かに味わう。蛙の池に飛び込む水の音で、ふっと我に返る。


 江戸の庶民にとっては夢のまた夢の世界である。


 古池のそばで芭蕉はびっくりする
 芭蕉翁ポチャンといふと立留り


 長屋の金坊が古いため池にでも落ちたのであろう。みんなびっくりして大騒動をする。これが江戸庶民の姿であろう。川柳と合わせて鑑賞すると住む世界の違いが歴然とする。楽しいね。