yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸川柳 色は匂へ 「と」 友達

 母の気に入る友達のやぼななり

 今も昔も母親の気持ちは同じ。服装などには大して気にかけず地味で質実な身なりの友達は母親に信用される。


 髪形や服装、そして言葉遣いと母親は一瞬にして友達の人間性を見抜いてしまう。野暮っぽい友達に間違いはない。粋なイケメンは息子に良い影響を与えない。それほんと。


5・7・5 アラカルト 俳句 4

 浜までは海女も蓑きる時雨かな   瓢 水

「細胞検査をしましょう。」と言われたのが36歳の夏であった。
 そんなある日、「般若心経講義」(高神覚昇)の中の上記の一句にであった。
 「やがて濡れる身である海女が、浜までは時雨を厭うて海水につかるぎりぎりのところまで蓑を着て行く」
 「どうせ一度は死ぬ身でも最後の最後まで我が身を厭うて生きていかなければ」と肚が据わった。


 この一句が私の生き方を定めてくれた。一期一会の一句である。


つぶやき12  寿命格差

 応接室のソファーに深く座って、新聞を読む。
 高額薬ガン免疫治療にオプシーボ、一回当たりの価格が数万円以上、年間で一人当たり3500万円の超高額医薬品。高額医薬品を使用できる病院は入院施設があり24時間の診療が可能であること。医師は一定のがん化学療法の経験があること。などなど。
 一般庶民は、特許の切れたジェネリック医薬品で頑張れということ。意外とジェネリック医薬品も十分効果があるし、何といっても副作用についての心配がない。町医者にかかる風邪や腹痛程度ならば安心安全であるが、死ぬか生きるか命の問題がかかる病気には最先端の新薬は使用することはできないようになっている。
 そのうち貧富の格差から、寿命の格差が話題になる時代がそこまで来ている。



いろはカルタ 「ら」 江戸と上方

 楽あれば苦あり(江戸)

『楽のあとには苦労がくる。楽をしていると後には苦しい思いをせねばならぬ。』


 であるならば、苦の後には必ず楽があるのかと言えば必ずしもそうではない。
 多くは苦労をした後にそれなりの成果が報われていた。しかし、現在はそうもいかないようで、初めから終わりまで苦労の連続で一生を終わる人が多くなった。


  朝寝朝酒  朝湯を浴びて  あとは書斎でネ
  昼寝する  ダンチョネ



 来年のことをいへば鬼が笑ふ(上方)

【将来のことはどうなるか、今から決めることはできないたとえ。】


 コンピュータの発展によって、かなりのことは統計的に予測可能な時代になった。
 しかし、これはあくまでも「予想」であって、本当のところは、一寸先は闇であるのも事実である。


 まったく情報を知らされていない一般庶民と確りと情報を握っている人たちでは予想の的中率がまるで違う。
 予想が的中する方がよい場合、(例えば株価の変動など)と、知らぬが仏の方がよい場合がある。病気の予想や寿命の予想などは、どちらかというと当人にとっては「知らぬが仏」の方が幸せの場合がある。


  日本の将来  竜馬に聞けば 明日のことはネ
  風まかせ  ダンチョネ


江戸川柳 色は匂へ 「へ」 屁

       屁をひっておかしくもない一人者


    自由律俳句の代表人物としてよく引用される二人の俳句を連想する。


    咳をしても一人           尾崎放哉
    さてどちらへゆこうかかぜがふく   種田山頭火


    尾崎放哉の原点は江戸川柳にあったのか。「屁」を「咳」にしたところが、川柳から俳句へと変化させて、しかも孤独感をみなぎらせた。


 江戸時代は銭湯が大流行した。


    屁をひっておやぼうさんがと乳母とぼけ


    銭湯での人間関係が想像でき、江戸人の人情が彷彿と偲ばれる。