yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

5・7・5アラカルト 川柳 10

 血圧にかまっておれぬ腹の虫   山本一途

 腹を立てると体に良くないということは分かっていてもついつい腹を立ててしまった時があった。仕事を離れて古希を過ぎたころから腹を立てることが少なくなった。


 歳を取って怒りっぽくなっていく人とそうでない人との二つのタイプがあるようで、私は後者のタイプのようである。


 なるべくなら腹を立てずに円満に穏やかに暮らしていきたいのだが、何かと腹の立つことが多い。


 若者を苦しませている使い捨て労働、高齢者の切り捨て政治状況、全体として弱者に対してこれでもかこれでもかと法律でもって追い詰めていく事実に触れると健康によかろうが悪かろうが腹がたつ。


 腹を立てるべき時には腹を立てた方が健康によいようである。



つぶやき36   こ す ず め

 妻が足を痛めて、二階に上がりづらくなったので洗濯物を干し場に持っていき干すのが私の役目になった。天気の良い日は、敷布団と上布団を二人分テラスの欄干に干すことにしている。


 今日もいい天気で気持ち良く最後の布団を干して、さあ降りようと振り返ったとき、肩の上に何かが止まったような気がした。なんだろうと右肩の方に顔を向けると、何と、小雀が肩に止まって私の方を見ているではないか。


 チュンチュンと肩の上で鳴きながら、耳や頬をつついて私を眺めている姿のなんと可愛いことか。


 「どうしたのか、こんなことってあるのか。」


 さて、どうしたものかと一瞬考えた。このまま小雀を肩に乗せて家に入ると、これから後の小雀について私は全責任を負うことになる。このまま逃がしてしまうのは惜しい。この可愛さは得も言われぬ。こんなことはもう二度とないであろう。


 小雀はチュンチュンと鳴きながら、ほっぺたや耳たぶをつつく。


 「よわったなあ」と思いながら、「お前はお前で自由に生きよ。だけど時々会いにきてくれ。」


 そんな言葉をかけながら外の景色を眺めていると、小雀が一瞬の風に乗って飛び立っていった。


 昨日の朝の出来事を夕食の時に家族に話した。家族は小学3年生の孫を除いて私の話をあまり信用していない風であった。食事を終えて居間を出るとひそひそ話の声がきこえた。


 「お父さん大丈夫かね。近頃少しぼうっとしている時があるし、今日のようなことを話すし、みんなも注意してよく観察してね。信ちゃんもおじいちゃんの様子をよく見てね。」
「うん、わかった。大丈夫だよ。」


 次の日は事のほかに良い天気で散歩をするにはもってこいの風景であった。


「散歩に行ってくる。」
「車に気を付けてね。行ってらっしゃい。」


 いつものコースをいつものリズムで周りの風景を眺めたり、行き交う知り合いに挨拶をしたりして、帰宅し朝の仕事、仕事と言っても新聞を読み適当に切り抜きをして読書をして昼を迎える。


 水曜日は孫が学校から帰ってくるのが早い。3時には家につき家族でお茶を飲む。近頃は孫たちと一緒に3時のお茶をするのが待ちどうしくなっていた。


 もう帰ってくるなと時計を見るのと同時に元気のよい孫の声が家中に響いた。


「おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん早く早く。」
「どうしたの信ちゃん。」
「友だちがね。おとついの朝、学校に行く前にね。子飼いしていた雀が鳥かごから逃げたんだって、友達を連れてきたから直接話を聞いて。」
「そうなの、子飼いをしていたの。」
「はい、まだ飛べない時に巣から落ちてやっとやっと歩いていたのを拾って帰って育てたんです。」
「そう。大変だったでしょう。」
「餌を食べるまでが大変でした。餌を食べ始めてからはとてもよくなついて頭の上に乗ったり、肩や耳に止まったりしてとてもかわいかったんです。」
「それは残念ね。」
「おじいちゃんの肩に止まった小雀はきっとその雀だったんだよ。」


「そうだね。小雀が肩に止まった時に大人の雀がすぐ近くまで来て、早くおいでというように激しく鳴いてね。その雀たちのところへ飛んで行ったんだよ。きっと家族や仲間たちと暮らしていると思うよ。」
「そうなんですか。よかったあ。」
「ぼく、友達を送ってくるから。」


 おばあちゃんもおじいさんもお母さんもほっとして
「わざわざありがとう。また時々遊びに来てね。」と声をかけた。


コント29   黒ニャー 1

 雨がサーサーと降り始めたお昼頃でした。北側のガラス窓の外で黒い影が動いたような気がしました。確かに黒い影が動いたなと思いながらあまり気にも留めずに新聞を読みつづけていました。


 しばらく新聞を読んでいると、今度は「ニャー」という子猫のなきごえが聞こえました。新聞をテーブルの上に置いて,北の廊下に出てガラス窓の外を見ました。


 窓の外に真っ黒な子猫が背伸びをしながらガラス窓に前足をかけて「ガリガリ」と爪を立て「ニャー」と私を見てなきました。


 「サーサー雨」に子猫の毛がしっとりと濡れて、なんだか寒そうです。


 私はガラス窓を開けて、黒い子猫を抱えて家の中に入れました。黒い子猫を廊下におろすと私の方を見て「ニャー」と挨拶をしました。


 とりあえず黒い子猫に「黒ニャー」という名前を付けました。


 私は、黒ニャーを抱えて風呂場に行き黒ニャーの濡れた体を少しぬるめのシャワーでザーザー、ザーザーと洗いタオルで黒ニャーを丁寧にすみからすみまでふきあげました。


 ちょうどお昼になっていました。


 黒ニャーはお腹をすかせているようでした。私は牛乳を小皿に入れて黒ニャーの前におきました。黒ニャーはおいしそうにペロリン、ペロリンと牛乳をなめるように飲みました。


 しばらく居間で、黒ニャーと遊びました。小さなゴムボールを転がすと急いでボールのところへ行き前足でボールを右に左にと転がして遊びます。  ボールにあきると、カーテンのゆれているはしっこにとびついてカーテンにぶらさがります。2,3回揺れるとドテンと畳の上に落ちてしまいます。


 黒ニャーは、しばらく遊ぶと疲れたのでしょう。私の膝の上にのってスースーと眠り始めました。 私は黒ニャーを膝の上からそっとおろして座布団の上にうつしました。


 私は二階に用事があったので黒ニャーをおこさないように静かに居間を出て階段を上りました。上り終わって振り返ってみると黒ニャーが私の後について階段を上っているではありませんか。


 黒ニャーは階段を上れるんだ。よしよしついておいで、二階の部屋で用事をすませて、私は階段を一歩二歩おりて黒ニャーを見ました。黒ニャーは階段を上ることができても降りることはできないんだ。
 黒ニャーの足をもってゆっくりと一段下の階段に前足をつけてこうやって降りるんだよと教えました。黒ニャーはおそるおそる階段を下りてきました。


 階段を下りて北側のガラス窓を見ると、さっきまで降っていたサーサー雨がやんで夕日が前の道を照らしていました。


 「黒ニャー、ぼつぼつお母さんの待っている所に帰らないとママが心配しているぞ。」と声をかけると、黒ニャーも「ニャー」とこたえて窓の方へと歩いていきます。


 私はガラス窓を開けて黒ニャーを庭におろしました。黒ニャーは2.3歩あるいて私の方をみて「ニャー」とあいさつをして門扉の間をすり抜けようとしたとき、黒ニャーの前に、黒ニャーとそっくりの母さん猫が迎えに来ていました。


 「よかった。よかった。」私は安心して。ネコの親子を見送りました。


 「チャオ、元気でな。」



つぶやき35  仁義なき戦い

 近頃の日本の様子を見ていると、豊洲問題にせよ、東京オリンピック関連にせよ、地方議員による政務費不正利用にせよ、戦後、広島県で起こった広島抗争事件を思い出す。


 金にがめつく弱者に強いやくざの壮絶な戦いを、深作欣二監督、菅原文太主演の仁義なき戦いは大ヒットした。


 国際社会を見ても国内の動きを見ても「仁義なき戦い」の時代が再現してくるのではと思ってしまう。


 紀元5~6世紀に成立した司馬法は(目的と手段)の中で、
 「古来、仁義による政治こそ正道とされてきた。だが、正道によって目的が達成されないときは、力に訴えるほかない。」と。


 正道とされた仁義による政治などどこ吹く風、大国アメリカと中国は言うに及ばず北朝鮮までもが力による政治外交に突き進んでいる。


 さて、これからの日本はどうなるのか。日本国憲法はまさに仁義による国の生き方を示した世界唯一の憲法である。


 北朝鮮の拉致問題をはじめ核問題にしても「正道」がどこまで通用するのか、まだやるべきことがあるのかもうないのか。国交正常化はできているのか。まだ敵対関係のままなのか。


 力に訴える政治に転換するにしてもなかなか難しい問題をはらんでいる。仁義なき戦いへ歩を進めるのか。ここが思案のしどころである



いろはカルタ 「き」 江戸と上方

 聞いて極楽見て地獄(江戸)

『聞いては極楽のように思われるものも、実際を見れば地獄のようだという意。聞くと見るとは大違いがあって実際は想像よりひどく劣っている。』


 昔懐かしい柳亭痴楽の落語「綴り方狂室」だったと思うが。
「・・・鶴田浩二や錦之介、あれよりぐんといい男、てなてなことを夢に見て、・・・聞くとみるとは大違い・・・」
 昭和二十年代の花形落語家の容貌を思い出しました。


 学校の進路指導でよい企業だからと言って、受け取った資料を見る限りではさすが東証一部の優良企業であると思ってしまう。
 ところが入社してびっくり、「みなし労働」とかいう法律に守られて,朝の九時から深夜の二時まで働いても超過勤務手当なし、最終的には使い捨てられておしまい。


 まさに聞くと見るとは大違い。誰の責任だ。



 義理と褌かかねばならぬ(上方)

【男子が褌を常につけているように、義理は寸暇も欠いてはならないということ。】


 褌を使用する男性が皆無になって、それと同じように「義理」も世間から姿を消していこうとしている。


「義理」というのは人間関係の中で下位に属する者の取らなければならない行動のようなもので、封建時代では最高の価値観であったのだろう。


 それに対して「人情」という生き方は、社会の横の人間関係から自然発生的に出てくる相互扶助的な価値があるように思える。


「義理がすたればこの世は闇よ」縦社会が崩壊していくときの最後のあがきのようなもので、だんだんと人は、義理社会から、人情世界へと軸足を移し始めた時節を感じる。


 義理がすたれるというのは自然の流れであろうが、人情まで薄くなっていく現代社会で義理社会とはまた違った意味での問題が発生している。
 
 孤独死などはその最たる例である。