yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

いろはカルタ 「み」 江戸と上方

 身から出た錆(江戸)

『刀の錆が刀身から生ずることから、自分自身が原因となってした災い。』


 どうしようもない親を持った子供は本当にどうしようもない。どうしようもない子供を持った親は難儀なことではあるが諦めがつく。
 自分が育てた子どもであり、その子が育てた孫であれば自分自身の生き方や子育てに問題があったと思えば致し方のないことである。
 諦めが肝心である。


   無駄な抵抗  素直にやめた
   俺の流儀でネ   喜寿の秋  ダンチョネ



 身は身で通る裸ん坊(上方)

【貧富賢愚の違いはあっても、人はそれぞれ身のほどに応じてそれなりの生活をしていけるものである。また、人は結局、自分本位にしか暮らさないものである。】


 母がよく言っていた。人はその人が貯めただけのものをきれいさっぱりと使い果たして人生を終わるものだと。


 貧乏人は金持ちの気持ちは分からないし、また、金持ちも貧乏人の気持ちは分からないであろう。
 それは、賢者は愚者の考えを理解できないし、愚者は賢者の考えていることを理解できないのと同じである。
 男は女を、女は男を本当は理解できないで生活しているのではないかと思う。理解したような理解されたような気分で男も女も共同生活をしている。
 
 まあ、いい方である。相手の言うことに素直に耳を傾けて、相手がいやだと思うことはしないように生きるだけで十分ではなかろうか。


 結局のところ、人はそれぞれの立場に立ってそれぞれの生活をして、それぞれの人生を終わることになる。それだけのことである。


江戸川柳 色は匂へ 「よ」 欲

 のぼっても峠をしらぬ欲の道

 実感、いいねえ。人の欲望は際限がない。物欲、金銭欲に取りつかれると溜め込めば貯めこむほどためたくなるそうだ。


 出世欲に取りつかれると「長」と名の付く職を登り始める。


 色欲、食欲、名誉欲と数え上げればきりがない。しかし、よく考えてみると欲望があるから生きていく力が湧くのであって、問題は欲望をうまくコントロールできる心の習慣を身につけることである。


 大欲は無欲に似たりと言われる。遠大な望みを持ったものは小さな利益などを顧みないから、欲がないように見える。


 ひょっとすると、お釈迦様をはじめ高僧と言われる方々は、あらゆる欲望を超えて、安心立命という大欲のために修行し最高の欲に到達した人々かも。
 我々凡人は、小欲に満足して日々平安に暮らしていければそれが幸せなんだな。


コント33   再 会 2  戻れない

 近頃よく学校現場にいた時の夢を見る。ドッチボールやポートボールを運動場で楽しんでいる自分がいた。子どもたちは元気いっぱいで自分も大きな声で子どもたちに話しかけて走りまわっている。


 ボールを受けた瞬間にぱっと目が覚める。楽しい夢だ。もう現実には二度と体験できないことである。汗を流して子どもと共に生活した。知恵をだし創造し専門を生かし子どもと共に成長していく自分を実感できた。


 「どうしたというのだ。俺は変わった。悲しい、体の中から燃焼して燃え尽きてしまうほど切ない。情けない。どうすればいいのだ。どうすることもできない」


 毎日毎日、一瞬のすきを狙って悲しい情けない切ない言葉が襲ってくる。確かに誰もが持つ程度の欲望は持っていた。立身出世、家族のためにも今より少しだけ豊かになりたい。自分の能力を発揮したい。しかし、これらは自分でも気づかない程度の小さなものであった。


 それが先輩の一言で芽をだし大きくなっていった。
 「藤村君、教育委員会に来て君の能力を発揮してみないか」
 「君の能力を発揮してみないか」の一言が芳雄の人生を大きく変えた。


 コンクリートで固められた一室に閉じこもって資料とにらめっこで一日を過ごす。何の変化もない事務的な仕事の連続で、学校現場から初めてやって来た人間にとっては退屈そのもので一か月も続くと体に変調をきたす。体に変調が出てくると心に変化が起こる。


 仮面うつ病的症状や自律神経失調症的傾向が身体症状や精神症状として襲ってくる。そのような時期に先輩から誘われて酒を飲む。酒に溺れるようになった頃秘密の遊びに誘いこまれる。
 このような状態に進行した時は後戻りできない体と心になっている。


 あとは上司の指示に忠実に従って働く奴隷の関係になっていく。自分の意志などどうでもよいことになって、何も考えない指示型人間が出来上がってしまう。
 「自分に指示した上司は誰に指示されたのであろうか、その指示された上司は誰に指示されたのであろうか」


 藤村芳雄は、今頃になって初めてそんなことを考えるようになった。いや、考えなくても暗黙の了解でみんな知っていた。ただ考えようとはしない。所属する集団の空気でみんな利口に動く。そして肝心なことは上司に迷惑がかからないようにすべてを処理していく。ところが今回は全くの素人がへまをやってしまった。やってはならない下っ端の担当がやってしまった。


 だから世間の目に触れることになった。今まではどうしていたのか。下っ端は現金に手を出さない。下っ端は上司の指示を仰ぐ、そして指示通りに行動する。このおきてを破ったことが今回の汚職事件が公になってしまった発端である。


 「自分は誘惑に負けた。金を受け取った。」それよりも大変な後悔をしていることは、30歳を過ぎてやっと一次試験に合格した人の点数を減らして、こんな人間を合格させたら学級経営もできないで大変なことになるぞと思われる人に加点したことである。


 「つらかったなあ。この辛さを上は何も知らずに下っ端を奴隷のようにこき使う。胸の奥の方から血がにじむのではないかと思われるほど苦しかった」
 本当にごめんと何度も言いながら、試験の改ざんをやってしまった。せめてもの罪滅ぼしにいざと言う時に公開できるよう資料はきっちりと残した。  であるのにパソコンの資料は消され残さなければならない文書は焼かれてしまった。誰がやったのか。大方の見当はつくが今となってはどうにもならないことである。


 下っ端の自分が4,5百万の現金を動かせるのだから、もっと上の上の方の権力者はどれほどの金を一年間に動かしているのか知れたものではない。


 藤村芳雄はざっと計算して身震いをした。



  一 件 削 除


 「何もかも、ぶちまけてしまえなかったのか。」


 警察で本当のことの90%近くは話してしまったが、少しだけ黙秘したことがある。後に残される家族のためにもとっておこうと思ったのである。このことを家族が握っている限り家族に対する攻撃はできないはずである。
 この資料を友人の野村隆史君に預けておこうと芳雄は決意した。そう決意した夜はぐっすりと眠った。寝汗もかかず、胸部圧迫感も薄れた。


 久しぶりにタックンにメールを送った。


 「昨夜は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。君に言づけたい資料ができ次第会いに行く、あって詳しく話すよ」
 「了解、元気が出たようで安心した。いつでも、待ってる」
 返信のメールを受けた日から、芳雄は人が変わったように仕事に集中し、資料つくりに励んだ。


 自分の記憶だけを頼りに資料をつくってもそれは何の役にも立たない。証拠資料として成立しない。ただ一つ指示を書いたメモをバックの中に入れたままになっていることを思い出した。
 上司の指紋が付いた直筆のメモは、最後の証拠になる。この一枚のメモのために私の人生が狂い始めた。私の机の上にメモを置いていった上司の指紋の付いた全てのメモがある。


 私のやって来たことの全部をメモリーカードに記録し、上司のメモを添えて野村隆史に渡しておこう。何かあった時に彼なら家族をきっと助けてくれる。


 藤村芳雄は、腹がすわって心が落ち着いた。ぐっすりと眠れるようになった。前回にタックンに会ってから2か月ほど過ぎて、すべての資料が整理できた。外回りを車で走っているとあちこちの学校で運動会の練習が行われていた。この雰囲気だと次の日曜日が大運動会かなと思い、それに合わせてタックンに会いに行くことにした。


 10月の第一日曜日にタックンに会いに行くことをメールで知らせた。
 「了解、一晩泊まっていくといいよ。ゆっくり話そう」と、返信があった。


 10月の第一日曜日午前八時を少し過ぎたころ芳雄の携帯からメールが入った。


「藤村芳雄さんに代わって、主治医の首藤がご連絡します。藤村さんは昨夕倒れ、今朝方亡くなりました。生前より貴方への連絡を頼まれていましたのでご連絡をします。ご家族の方にも連絡をすませました。あなたに渡してほしいと封書を預かっています。ぜひご来院ください」


 隆史は、予感をしていたことであった。体調が普通ではないことは最初の出会いでわかった。隆史は朝食を済ませてすぐに首藤病院へ向かった。
 首藤病院は胃腸外科専門の鉄筋2階建ての病院であった。大通りより少し離れているので、今まで首藤病院の存在を知らなかった。玄関を入ると受付の感じで家族的な和む雰囲気の病院であることが分かった。


 医師よりこれからの日程を聞き、芳雄の家族に挨拶をしてひとまず病院を出た。大通りに出ないでそのまま裏道の方へと車を走らせた。


 十月の空は雲一つなく運動会日和には最高の1日である。運動場の横の道をゆっくりと車を走らせた。懐かしい運動会の音が体にしみる。よっちゃんと応援団をやったことを思い出した。もうすっかり忘れていた小学校時代の記憶である。


 学校を通り過ぎて自宅へと向かった。玄関を入って店の隅の椅子に腰を下ろして芳雄からの封書を取り出した。封を切った。


「タックンありがとう。タックンに会えて俺、置き忘れてきたものを思い出せて本当に幸せだった。大切な忘れ物や落し物に心が向くゆとりがなかったのをタックンとの再会が一瞬にして子どもの時代に引き戻してくれた。ありがとう。タックンに託そうと思っていた資料はすべて削除して俺が背負っていくことにした。心残りもいくつかあるが自分ではどうしようもないことだから。ありがとうタックン。」


 芳雄の手紙を読み終わって大きく息をついた。


 自分だって芳雄の立場に立たされたら、きっと芳雄と同じようなことをやったかもしれない。やらないという自信はない。人間みんな心の闇をもって生きているんだ。
 非難されるべき事件である。被害を直接受けたものにとっては人生の一大事である。だけど、人間みんな半分は闇を背負って生きているんだ。
 どうしようもないやるせない思いが隆史の体にあふれた。


 明日は、藤村芳雄の葬儀に立ち会って、芳雄の家族とゆっくりと懐かしい学生時代の話をしよう。


 コーヒーの香りにさそわれて、芳雄の封書を握りしめて家族の待つ居間へと移動した。


 ヨッチャンとの別れの儀式をすませて、しばらくたって元の生活に戻った。携帯メールアドレスの一件削除をクリックした。


 一瞬にヨッチャンが消えてしまった。


コント32   再  会 1

 「ヨッチャン」
 「タックン」


 天神の渡辺通りでの35年ぶりの再会であった。


 「ヨッチャン」「タックン」とお互いの名前を呼びあっただけで、二人は小学生の昔まで引き戻された。
 手を取り合った瞬間、熱いものがこみあげてお互いの顔が霞んでぼやけて夢の中の出会いではないかと思われた。


 藤村芳雄 53歳、野村隆史 53歳、同じ地域の住人で、歩いて5分ほどのお互いの実家から幼稚園、小学校、中学校、高等学校と同じコースを歩いた竹馬の友である。


 藤村芳雄は大学へ進学し、地元の小学校の先生になった。野村隆史は高等学校を卒業すると自分の好きなコーヒーの店を将来開きたいと博多のカフエ店に就職しその技術を身に付けた。今、自分のカフエ店を経営し地域にも溶け込んで充実した50代を過ごしている。


 「ヨッチャン、元気か」
 「うん、どうにかなあ。タックン、俺はあの通りのざまだ、今さらみんなに合わせる顔もない」
 「俺、わかっとるよ、お前、言いたいことの百分の一も言わずに堪えているんだよなあ」
 「今、俺が何を言っても世間は言いわけか、自己弁護としか受け取らないだろう。事実、俺、金を受け取ったんだ。何を言ってもはじまらん」


 芳雄の言葉のうちに、隆史は何も言わずに人生を終わりにしようとする決意を読み取ることができた。


 「ヨッチャン、お前の性格も生き方も俺が一番よくしっている。スポーツマンで曲がったことが嫌いで、金銭面でもさっぱりしてたもんな」
 「ありがとう。俺もどこで自分が変わっていったのか今反省しているよ。やはり、教育委員会に行ったのがすべての始まりだったんだ。いくら反省しても、過ちは一生消えないよ」


 「ヨッチャン、死ぬなよ。本当にやらなきゃならんことはあるはずだ」
「ありがとう。そうだよな。家族のためにも、迷惑かけた人たちのためにも、俺でないとできないことがあるよな」
「そうだよ。俺のためにも生き抜いてくれ。元気なヨッチャンでないと俺さみしいよ」


 渡辺通りに面したホテルの一階のカフエで芳雄と隆史はコーヒーを飲んだ。芳雄にとっては久しぶりに美味い心の和むコーヒーであった。別れ際にお互いのメールアドレスを交換してこれからの連絡を取ることを約束した。


 もうすぐ学校は夏休みになる。そう思うと藤村芳雄は憂鬱になる。夏季休業の最初の一日が教員採用試験の第一次が行われる日である。さまざまな人が自分の周りに群がってくる。先輩、知り合い、同僚、議員族、地域の有力者など、それは一向に構わない。聞き流すだけでよかったから。ただ直接の上司からの指示は絶対で指示に従った。これは本当にストレスが溜まった。


「俺はいったいこれでいいのか。何をしているんや。馬鹿な」
疲れて疲れて、飲めない酒を無理にのみ、やっとの思いで床に就く。夜中に体が火照って目をさまし、また飲む。


 そんな記憶が、夏が近づくと頭から覆いかぶさってくる。


 虎になりきれなかった男


 野村隆史と出会った次の日に芳雄はお礼のメールを入れた。
「ありがとう。タックンと逢って、昔の自分を思い出した。宅配の仕事をやりながら、俺にしかできない過去の整理に取り組むよ。大丈夫だから」
 折り返し、野村隆史から返信が来た。
「安心した。健康管理には気を配れよ。もともと酒が飲めるタイップじゃなかった。アルコールに注意。コーヒー飲みに来いよ。待ってる」


 藤村芳雄と野村隆史は、あれ以来また隣の「ヨッチャン」と「タックン」の思いが蘇り交流が始まった。交流が始まったとはいえ、芳雄が忙しいのでもっぱらメールによる情報交換が中心になった。


 久しぶりに芳雄からメールが入った。
「明日、3時過ぎにコーヒー飲みに行く。よろしく」
「了解、待ってる。うまいケーキがある。楽しみにな」


 二人が二度目に出会ったのは7月も終わりに近い暑い日の午後であった。初めてやってきた隆史のカフエの玄関横に紺と青の朝顔が咲いていた。


「うまい。苦みを少し抑えたモカっていう感じ」
「正解、モカのブレンドは難しいんだけど、意外と人気があるんだ」


 タックンの奥さんが焼きたてのケーキを持ってきてくれた。


「どうだ、体の調子は」
「考えるとまだ体が震え、微熱が出るよ」
「そうか。俺も一時そんな経験をしたよ。」
「俺、ふっと高校時代の現代文の山月記を思い出すんだ」
「あの時は虎になっていく男の心情を理解できなかった」
「そうだよなあ、俺いっそのこと虎になり切ってしまった方がよかったのかなあと考えるときがある」
「李徴の苦しみは虎になり切ってしまわない人間性を残したくるしみだよな」
「それと虎になり切ってしまうことの恐ろしさも同時に持っている」


 高校時代の現代文の山月記は二人にとっての厳しい話題であり。そして今避けて通ることのできない話題である。


「ヨッチャン、虎にならずに引き返してよかった」
「俺もそう思う。だけど平気で虎になり切っていく人種を見ているとあまり苦しんでもいないし悩んでもいないようだ。彼らの心の深いところは分からないけど」
「結構、悩んだ末のことかもな」
「金・名誉・享楽と引き換えに、人としての宝を捨てて、不安と恐怖の人生を生きることになるのか」


 藤村は、コーヒーを飲んで、大きなため息をついた。だんだんと客が増えてきたので引き上げることにした。
「またな」と挨拶をして外に出ると急に汗ばんであの夏の日の記憶が体中に広がった。考えまいとすればするほど記憶が体を突き刺す。


「なぜだ」芳雄は大声で叫びたくなった。


 博多の少し奥まった早良区にあるタックンのカフエ店を出てコンビニを左手に10分ほど歩いて、バス停のベンチに腰を下ろした。


 夏の夕日が芳雄を照らし夏季休業中の子どもたちの集団が自転車で通り過ぎた。



いろはカルタ 「め」 江戸と上方

 目の上のたん瘤(江戸)

『自分より位置や実力などが上で、何かにつけて邪魔になるもの。』


 目の上のたんこぶとなる場合と憧れや尊敬になる場合とがある。
 実力のある厳しい先輩に多く出逢ったが、目の上のたんこぶと思ったことは一度もなかった。


 いつもすごい先輩だと驚きと尊敬の念で相手に接した。先輩から引き上げられてここまでやってきたように思う。


 要は、相手との人間関係をどう作るかで、「たんこぶ」になるか「憧れ」になるかの違いが出てくるのではなかろうか。


 自己中心的な生き方の人は、ちょっとしたことやあらゆることでことごとく「目の上のたんこぶ」として受け止めてしまうようである。
 
 融和的協調的な人は、「憧れ」と「尊敬」の念で相手を受容しているようである。



○○○○○○○(上方) 削除 差別カルタの部類に属する。


【やっても無駄なことのたとえ。】


 やっても無駄だと思えることもやってみなければ分からない。そんな思いになることに直面することがある。
 はなからやっても無駄だという考えで事に当たると何の変化も何の成果も得ることができない。


 基本は「やってみなければわからない」という立場に立って物事に挑戦して行くことである。たとえ無駄だと思われる行為でも体験することによって「体験の知恵」というものが身につく。


 この体験の知恵を多く持つことが生活を豊かにする。


 特に、若い内は失敗を恐れずにおおいにいろんなことに挑戦すべきである。大人はやっても無駄だといって若者の足を引っ張ることの方が多い。


 思いがけないお金がころがりこんだりすると、とんでもない、誰が考えても無理だなと思われることに手を出して失敗する人がある。考えに考えて考え抜いてこれをやるんだという意気込みがあれば、無理かなと思われるようなことでもやってのける人もいる。


 思いつきで挑戦するのは危険なことが多い。