yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

コント3 黙とう

  黙 と う


 冷たい冬の星座が、ちかちかと輝いていた。


 空を仰ぐのも久し振りだ。振り返ると、街路樹の彼方にオリオンが澄んで見える。突然、進の背後から、けたたましいサイレンの耳をつんざく音が追いかけてきた。酒に酔った頭は一瞬混乱し、そして、異様に冴えてきた。もう忘れてしまっていたはずの二十数年前の記憶が体の中を駆け巡るのである。


 日本は昭和十六年十二月八日、突如ハワイ真珠湾を攻撃し、太平洋戦争は勃発した。緒戦の有利もつかの間、連合軍の反撃にあい、十七年ミッドウェー海戦で海軍は大打撃を受け、十八年アッツ島陥落と窮地に追い込まれていった。


 忘れもしない、昭和十九年、中学五年生の春であった。


 第一回軍事教練の時間。その年、赴任してきた配属将校は陸軍中尉の後藤伸介教官であった。年は確か二十七歳であったろうか、独身の情熱あふれる忠君愛国、孝養心の強い厳しい教官であった。


 「奉安殿に向かって、最敬礼、・・・直れ。本年度、第一回の軍事教練を行うに当たって精神統一のために、一分間の黙とうを行う。全員、気をつけ、黙とう」


 若さに満ちあふれた凛とした青年将校の声が、校庭にこだますると、一瞬、真空状態になった。教官の命令にしたがって、全生徒は直立不動の姿勢で目をつぶった。


 「学校教練ノ目的ハ、学徒二軍事的基礎訓練ヲ施シ、至誠尽忠ノ精神培養ヲ根本トシテ心身一体ノ実践鍛錬ヲ行ウニアル」


 青年将校は、進の前で立ち止まると、いきなり平手で、往復ビンタを二、三発食らわした。進の細い体は左右にぐらつき、今にも倒れそうになった。


 「名前を言え」
 「大木 進です」
 「なぜ、目をつぶらん」
 「目がつぶれないのです」


 青年将校は、はっとして、進の顔を、目を見た。左目のまぶたのところに手術のあとがあり、進の左目は義眼であったのである。


 「つぶせないはずはない。努力をしろ、目をつぶせ、命令だ」


 青年将校の声は、容赦無く進の心につきささっていった。
 進は直立不動の姿勢で歯を食い縛って目をつぶそうと頑張った。 しかし、この目はつぶれない。


 「左手を出せ、もっと上に上げろ、人さし指を出せ、目を押さえろ」
 目を押さえた左手の人さし指をつたわって、進の涙がはらはらとこぼれ落ちた。


 昭和十九年十月サイパン島が攻略され、ラバウルも孤立した。その年の夏より、中学三年生以上は、学徒動員令により大分第十二海軍航空廠に動員された。大中、別中、第一高女、岩田、日出と、十代の青少年が血を流した。


 海軍航空廠修理工場には、雷電、紫電、銀河、月光と日本の戦闘機が戦場より次々と送りこまれた。
 進はグラマンにぶちぬかれた零式艦上戦闘機の胴体の一部をドリルで切取り、新しい材料をリベットでとめる仕事をした。


 仕事の合間を縫って、厳しい軍事教練は続いた。軍事教練のたびに進は、言い知れぬ屈辱感を味わい、この戦争に、そして、あの青年将校に言い知れぬ憤りを感じるのである。


 ある日、青年将校は進に言った。「今夜、うちにこい。命令だ。話がある」


 進は教官の命令にしたがって、青年将校の家を訪ねた。


 「いよいよ、僕も現役兵として、戦地に行くことになった。出発する前に、君と和解をしておきたい。僕には君の気持ちがよくわかる」


 何がわかるものか、進の心は閉じたまま進自身でさえもどうすることもできなかった。隣の部屋から男の声がした。


 「伸介、すまんが、茶をいっぱい入れてくれんか」青年将校は立って、襖をあけた。


 床の間を背にして、一人の老人が正座していた。父である。
 進はじっとその老人の顔を見つめた。進は一目見てわかったのである。青年将校の父は盲目であった。


 伸介は茶を注ぐと、父の左手を取り、湯飲みをしっかりと握らせた。


 進は立ち上がって、直立不動の姿勢になると、左手の人さし指で目を押さえ、黙とうして青年将校を迎えた。


 目をつぶった進の顔は穏やかに微笑していた。
 青年将校は進の手を取った。あたたかい血がかよった。青年将校伸介のひとみには涙が光っていた。


 オリオンがまばたいて、救急車のサイレンの音が遠くに消えていった。酔い覚めの寒さに身震いすると、進はオーバーの襟を立てて足早に家路に向かった。



つぶやき1 ダンチョネ

 ユーチューブで鶴田浩二さんのダンチョネ節を聞いて、哀調ある響きに取りつかれて、今では自作のダンチョネ節を遠慮気味に呟くように口ずさんでいます。


  朝寝朝酒  朝湯につかり  あとは書斎でネ
  昼寝する  ダンチョネ 


      別府湯煙  優しく揺れて  妻と二人でネ
  地獄蒸し  ダンチョネ


  日本大使に ケネディの娘  にくいお方ネ
  オバマさん ダンチョネ


  夏の終わりは 我が家の庭で 線香花火でネ
  思い出を      ダンチョネ


 湯けむりに囲まれた野天風呂につかって、一人の時はやや大きめな声で気持ちよく口ずさむ。風呂上がりの一杯は格別です。
                                                                                         至福の時だね。


いろはカルタ 「ろ」 江戸と上方

      論より証拠(江戸)

 『物事を明らかにするには、議論するよりも証拠を示したほうが早い。』


  現代人は、「論も証拠もくそくらえ」と生きていく人間が目立つようになった。「記憶にございません」と、徹底的に白を切る。そして、いよいよ証拠を突きつけられると、「それがなんじゃ」と開き直る。
 ずっと以前、万引きで補導された女子中学生のバックの中からタバコやコンドームが出てきたが、
「私にはなんら関わりがありません。ただ持っていただけです」と言い通したそうである。
 まさに、汚職政治家や汚職官僚と非行少年の思考パターンはおなじである。論より証拠と真剣に議論していた過去の人たちが懐かしく、純粋に思えてならない。


    論語読みの論語知らず(上方)

〖書物を読んで、言葉の上では理解するが少しもこれを実行できないこと〗


    今は、「論語読まずの論語知らず」の時代になった。社会の指導的立場にある人でさえ論語はもより道徳や人生観、哲学についての関心が薄れて、政治、経済といった実利のほうに目を向けて富や権力を志向する力が強い。
 政治、経済の根底に確かな道徳や人生観が貫かれていなければならないのに、それが欠落しているところに問題がある。
 論語の思想は「人間は、自分の努力によって向上しなければならない。人間は学問・教養を積み重ねることによって人格を磨き上げるのを怠ってはいけない」ということになる。
 この理念が見失われた社会のありようがまさに「論語読みの論語知らず」の現代社会の論より証拠である。


「論語読まずの論語知らず」から、せめて「論語読みの論語知らず」にバージョンアップして、生き方の根本に立ち返らなければならない。


いろはカルタ 「い」 江戸と上方

 子どもの時分に遊んだいろはかるたは、字を憶えるという教育的な意味もさることながら、大人になっても、つい口をついて出る文句は、いつしかその人の人生観を左右することさえある。
 いろはカルタは、その時代によって、いろいろな種類が出回るが、やはり、最後に残っているのは格言の類で短い文句の中に人生に処する知恵を持っているカルタである。
 先ず、自分が遊び、次に子どもと遊び、そして孫と遊ぶ。人生で三度楽しむことができる。
 江戸カルタと上方カルタでは少し違いがあり、同じ上方カルタでも、大阪と京都の違いも面白い。


   犬も歩けば棒にあたる(江戸)


 『犬も出歩くから棒で打たれることもある意で、しなくてもよいことをするからとんだ目に遭うこと。また、何かしているうちに偶然うまいことにぶつかることもある。』という二説がある。


今は昔、ある用事で北浜の停留所から大分行きの特急通勤バスに乗ったことがある。私の前の座席で県庁勤め風の中年男性が二人で話していた。
 「お役所仕事というものは、仕事をやりすぎても、仕事をしなくてもいけない。するがごとくしないがごとく、宮仕えとは難しいですなあ」
 もう五十年も以前の話だから、行政改革の厳しい現在はこんな夢のような話はあるまい。
 出るくいは打たれる。出すぎたくいは打たれない。出ないくいは腐る。うまいことを言うもんだ。


  一寸先は闇(上方)


〖将来のことはまったく予測できないものだということ〗 


三日先知れば長者とは、よく言ったものである。インサイダー取引なら三分先に知れば長者というところか。
人の浮き沈みは分からないもので、昨日まで羽振りよく生活していた人が、突然夜逃げをして蒸発してしまう。
 おまけにどじな泥棒がいて、夜逃げした家に空き巣に入り捕まったりして本当に一寸先は闇である。


 情報化社会の現代は、多くの問題をかなり予測できるようになったが、それでもなお一寸先は闇の部分が人生の重要事において多くある。


 人間には、二通りの生き方があるようで。先のことは分からないから現在の享楽に身を任せて浮かれて馬鹿になって生きていくか、先のことが分からないから最後まで勝負を捨てないで人生を踏ん張りぬくか。


一寸先は闇をどう受け止めるかで人間の行動が大きく変わる。


コント2 タニシどん

   タ ニ シ ど ん


 昨日の寒さはうそのように、今日は春めいた風のない日差しが窓から差し込んでいた。机の上には、首を高く突き出したシクラメンの花が四つ咲いていた。


 社員は昼食に、また、昼休みのスポーツにと部屋を出払って、一人健吉だけが妻の手作りの弁当を終わり、熱い茶をすすっていた。


 「うん、後一か月か」
近ごろ健吉はこうつぶやくことが多くなった。年が明けての一日一日がいとも簡単に無造作に過ぎて行くのをどうすることもできなかった。健吉は、この三月末日を持って定年退職の日を迎えるのである。別にこの仕事に未練があるわけでも、また、野心があるわけでもなかったが、退職の日が日一日と近づくに連れて、確かに体から力が抜けていくように思われてならなかった。


 学校を出て三十有余年、この会社一筋に、といえば格好はいいが、何度かやめて他の仕事をしたいと思いながら、とうとう定年まできてしまった。


 健吉は茶をのみ終わるとたばこに火をつけ、くるりとストーブの方に向きを変えて、プーッとたばこの煙を天井に吐き出した。


 「こんにちは、人形はいりませんかな」と、肩から白ひもでブリキのカンを下げた六十歳前後の行商人がはいってきた。
 男は、カンをあいた机の上に置くと、ポケットからたばこを取り出し火をつけた。
「ちょっと一一服させてください」と、イスに腰をおろすと健吉と向かい合った。
 「どんな人形です。」と、健吉は無愛想に一言たずねた。
 「タニシで作った人形です。私と家内と二人で作り、ひまを見ては、こうやって私が売り歩いています。去年は人形大会で、私たちの作ったタニシの人形が賞をもらいました」
 実直そうな職人気質の男のようで、自分の作った人形が賞をもらったというのも本当であろうと健吉は思った。しかし、定年退職を前にして、いまさら人形でもなかろう、買う気はもうとう見る気さえもしなかった。


 男は、二本目のタバコに火をつけた。健吉は、茶を入れ男にすすめた。
 「売れますか」
 「はい、けっこう売れましてね。病院が一番よく出ます。タニシの養殖から、人形の仕上げまで、一つ一つ根気のいる仕事です。小さいですから」
 「タニシの人形とは珍しいですな」
 「タニシという動物もかわいそうな生き物ですよ。タニシの雌は、卵をはらみ子がかえると自分の身を子に食わして子を育てる。いよいよ自分の死期が近づくと藻に子を移して、自分は自然に分解してしまう。あのかたいからもフワフワになって、水の中で溶けてしまう」
 「雄はどうなります」
 「雄は、雌のタニシが子を無事に藻に移し終わるころ、時を同じくして、いと屑のようにやせ細り、カラからすっぽ抜けて死んでしまう」


 健吉はタニシどんについての認識を改めなければいけないと思った。


 「この話は大学の教授から聞いた話で、私もタニシを養殖していますから、うそじゃありません。もっとも、私の人形に使っているタニシは死んだタニシじゃありません。死んだタニシじゃどうしてもつやが出ませんから」


 話の真実はともかく、健吉はタニシどんに深く興味を覚え、タニシドンの生き方に感激した。
 「おじさん、人形を見せてもらおうか」
 ブリキのカンのふたを開けて、ちり紙に包んだ人形をいくつか取り出した。タヌキ、船頭、おじいさんと孫娘の旅姿の三種類の人形が机の上に出された。五十円、二百円と説明がつけ加えられた。


 健吉は即座に全部買った。健吉は人形の全部が気に入った。
 ユーモラスなタヌキ、トンチのある顔をした船頭、そして悲しいまでも温かなおじいさんと孫娘の旅姿の人形。それが皆、あの悲劇の動物タニシドンから作られている。


 特におじいさんと孫娘の人形は健吉の心を打った。にゅうわな顔のおじいさんに、むじゃきな顔の孫娘が手をひかれ、これからどこへ行こうとしているのか。


 健吉は四月に一年に入学する孫の姿を思い出した。そして、五十八歳までの自分の生活を回顧した。会社のために、社会のために、家族のために自分は何をしたというのか。


 タニシどんの親は死ぬ時に言ったであろう。
 「お前たちに何も残してやることができなかった。お前たちだけが残った。お前たちも、立派な子をたくさん残しておくれよ」と。


 タニシどんの人形を見ていると、タニシの親子、タニシの夫婦に無常を感じるのである。