yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 101  大石ら46人、切腹

 1703年元禄16年癸未(みずのとひつじ) 大石ら46人は2月4日に武士の礼をもって切腹させられた。その家族も縁坐によって処罰され吉良家の一族もそれぞれ処分された。


 縁坐=犯罪人の親類縁者が連帯責任を取らされること。


 切腹した46人には19人の男子がいたが15歳以上の者は4人で、4月27日に大島に遠島になった。それ以下のものはみな出家となった。
 3年後の宝永3年に許されて帰ったが、ひとりだけは島で死没した。また、足軽の寺坂吉右衛門だけは討ち入りの後、使命を帯びて江戸を離れていた。


 日本列島は暴風や地震、大津波や火災が続発、中でも陸奥飢饉は死者5万1200余人を出し、関東を中心の大地震と大津波では死者20万人以上を出す大惨事であった。


 幕府の財政や庶民の生活は逼迫し、禁止令や生活のあらゆる面での規制が実施された。新酒禁止にはじまり、時局や世相を内容とする小歌などの制作出版や芝居小屋での上演は禁止された。


 以上のような世相の中での赤穂事件、そして大石らの切腹は、庶民の関心を嫌が上にもひきつけた。時の権力者が打つ手を一つ間違えば暴動が起こり幕府の崩壊につながっていくのであるが、徳川綱吉と柳沢吉保の政策は一応の功を通したと考えてよい。


 明治維新が起こるまでに是より150年近くを要したことが徳川幕府を維持した証である。
 一強と言われる現代も一歩間違えば新しい時代に突入するであろう。それにはこれより100年はかかるであろう。100年の計である。


http://www.ctb.ne.jp/~bonta108 遊行ライフ十人十色の人生


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