yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 61  芭蕉20歳  新武家諸法度追加

 1663年寛文3年癸卯(みずのとう)5月に新「武家諸法度」が出され3か条が追加された。公家との縁組は奉行所に届け出て指示を受けること。キリシタンの禁教、不幸者の処罰。そして殉死(追腹)が禁止された。


月ぞしるべこなたへ入(い)らせ旅の宿   宗 房


 明るい月を道案内にどうぞ私どもの宿にお泊り下さい。季語は月で秋。


 当時、謡曲を取り入れた句が流行した。若き芭蕉(宗房)も流行を取り入れて時代をよむ敏感さを持っていた。


謡曲の文句どりをした西山宗因の流行の先駆けになった一句


 里人の渡りさふらふか橋の霜   宗 因


 若き芭蕉は謡曲「鞍馬天狗」の「奥は鞍馬の山道の花ぞしるべなる。こなたへ入らせ給へや」に文句を取り、花を月に振りかえ、宿屋の客引きの言葉を謡曲仕立てに一句をひねった。


「入らせ給へ」を「入らせ旅」に置き換えたのは、当時の貞門俳諧の作法の一つ、五音相通(ごいんそうつう)で、五十音図の同じ行の音は互いに通用するという考えによる。
 例えば「うお」を「いお」と置き換え、「スメラギ」を「スメロギ」と。
現在は同音相通であるが。地方に行くと未だに「うお」を「いお」と言う方言も生きている。


 若き芭蕉は、伝統の作法を守った優等生の俳句創作態度であった。