yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 44  凧あげ禁止

 1646年 正保3年丙戌(ひのえいぬ) 西鶴5歳、芭蕉3歳、西鶴は本名を平山藤五、大坂・難波の裕福な町人の出と言われているが推測の域を出ない。


 芭蕉は幼名を金作、通称を甚七郎、甚四郎、名は忠右衛門宗房。俳号としては実名宗房を、次いで桃青、芭蕉(はせを)と改めた。


 松尾家は平氏の末流を名乗る一族だったが、当時は苗字・帯刀こそ許されていたが身分は農民だった。


 2歳年長の裕福な町人の息子西鶴と由緒ある農家の息子芭蕉がどのような時代や環境の下で成長していったのかはとても興味のあることである。


 当時は大人も子供も含めて凧あげは庶民のレクレーションでありスポーツであった。江戸では正月に上方では5月か6月に凧あげをするのが風習になっていた。


 一時的にせよ凧あげ禁止令が出たことは庶民の楽しみまで権力者の意志で禁止できる世の中で西鶴と芭蕉は幼少時代を送っている。


 江戸という封建時代の中でどういう出会いがあり、どういう学習をして浮世草子・人形浄瑠璃作者や俳諧師として大成していったのか


 特に芭蕉の青年時代はよく分からないことが多い。よく分からないためにいろいろな物語を紡ぐことができて面白い。
 ふっと思ったのだが、芭蕉はゲイ的な要素があったのでは。作品を通して検証できないものか。