yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 39  福岡藩主の江戸参勤中止

 1641年 寛永18年辛巳(かのとみ)2月8日に江戸参勤をやめて異国船の来港に備えさせた。
 異国船というのはマカオを拠点とするポルトガル商船のことである。


 江戸の大火が続く、1月に京橋桶町から出火して97町1929戸焼失し、死者380人余りを出した。3月には、日本橋から出火して大工町・油町に延焼した。


 江戸の防火体制は喫緊の課題であった。


 将軍の長男家綱誕生、慶賀のために家門の家々で慶宴や猿楽はよいが風流踊りなどは禁止のことを示達した。饗宴も二汁五菜までとすること。
家門=三家・三卿を除く徳川将軍家の親族。越前松平家、会津松平家などの一門とその支流で、大名家挌の一つである。


 日本列島は火災、地震、洪水などで飢饉、餓死者が続出し、米騒動や農民一揆で慢性的に荒れていた。外国との関係も通商問題で厳しい状況で幕藩体制も一歩間違えば崩壊の危機が迫るような世情であった。


 我々の知識では徳川幕藩体制は強力な揺るぎのないものであると思い込んでいたが、一皮むけば多くの問題を含みいつ倒れても不思議ではない状況であった。
 しかし、徳川幕府に変わる受け皿がないのが、今の政権と似たところがある。今の政権も新しい受け皿ができれば一気に流れが変わっていく状況である。
 今、新しい受け皿の芽ができつつあるようだ。この受け皿を確かなものに育てていくのも国民の力である。いつの世も国民の力を結集していく知恵と力を持つことしか大衆の幸せは実現できない。