yukemuriのブログ

コント(掌編小説),いろはカルタ随想、江戸川柳色は匂へ、花かるた色は匂へ、趣味の5・7・5アラカルト俳句と川柳。

新しく「江戸を見れば」265年の整理に取り組んでいます。

江戸を見れば 36   大老とは何者ぞ

 1638年 寛永15年戊寅(つちのえとら) 2月28日に島原の乱はようやく鎮定された。2万5千の謀反に対して12万5千の募兵を動員しての勝利であった。
 キリシタン禁制はますます厳しくなっていった。


 11月7日に老中の上に大老を置き将軍の政務一切を裁断させるようになった。幕藩体制における大きな転換でる。


 時の権力者として、大老 土井利勝と大老 酒井忠勝が表舞台に登場した年である。


 大老=大老は将軍補佐の職で、老中の上にあって政務を総理する。権限は絶大であって将軍さえ決議を動かすことはできなかった。十万石以上の大名が幕閣に立つ時は老中の上に立つ大老になる。
 御大老と呼ばれ老中部屋の上座に屏風のような太鼓張りの障子で仕切り格別の存在であった。登城退出のときは御同輩頭と御同輩が世話をして刀も自分では持たない身分で、出勤すると御老中一同が揃って御大老の前に並んで挨拶をした。
 大老は土井家(16万石)、酒井家(12万3千石~15万石)、堀田家(13万石)、井伊家(35万石)と大大名であった。


 大老が政治の表舞台に登場するようになって幕政における将軍の力が一歩後退した点もある。大名を取り仕切るためには大名の力をうまく取り入れなければならない状況であった。


 今の政権も派閥のバランスをうまくとらなければ政権の崩壊が早いようである。総理を取り巻く有力者をいかに使いこなすか。8月の内閣改造が見ものである。確りと観察してみよう。